バキ外伝デス・ゲーム
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序章
第二話『アメリカ・ウィリアム』
第三話『イラク・ムハル』
第四話『ドイツ・アドルフ』
第五話『中国・幽鬼』
第六話『ブラジル・ジェフ』
第七話『アイルランド・パトリック』
第八話『ロシア・プルシコフ』
第九話『日本・唐沢 争銘』
第十話『イタリア・グレゴリオ』
第十一話『オランダ・ジョアン』
第十二話『イギリス・シーザー』
第十三話『メキシコ・ブライアン』
第十四話『日本・黒石 秋月』
第十五話『インド・グルカ』
第十六話『オーストラリア・ポール』
第一話
最大トーナメント開催から一年経ったある平日の昼。バキは憂鬱と期待が混じった複雑な気分で、校内の廊下を歩いて居た。
昼休みに突然(それも校長室に)、呼び出された為だ。
呼び出した人間は徳川光成。先の最大トーナメントの開催者であり、東京ドーム地下闘技場の主であり日本政財界の影の
トップであり、バキとは旧知の仲の老人である。
校長室でテーブルを挟み向かい会う二人。
先に口を開いたのはバキだ。
「なんだよ、ジッちゃん。神妙な顔しちゃって。それより学校なんかに来たら俺の正体…」
「バキよ。」光成がバキの文句を遮った。
「ジッちゃん、話がよく見えないんだけど…」
やや間を開けて光成が答える。「バキよ、つい最近死刑囚脱獄のニュースがあったな?彼ら5人は全員が闇世界の無敗者。
東京に向かうと言い残していると言う事は、恐らくお前達地下のファイターを狙ってくるじゃろう。」
「それだけでは無い。更に脱獄の報せと同時期に、『敗北を知るために、東京に向かう』と周囲に言い残し、あるいはワシに
連絡して来た者達が居る。」
バキが呆れた様に呟く。「まだ居るの?二人?三人?」
光成が首をゆっくりと振り、息を吸い込む。
「ええか、バキ。その数…」
バキが唾を飲む。
「15人。先の死刑囚と合わせ20人の負け知らずの怪物が、東京に来るんじゃ…!!」
第二話『アメリカ・ウィリアム』
「この国で…俺に勝てる奴は居ないのかなぁ、カール?」
ロサンゼルスの超高級マンションの一室。黒スーツ姿で金髪を立てた中年の男が、窓の外に広がる夜景を見ながら呟いた。
カールと呼ばれた男が笑って答える。「大統領なら勝てますよ。軍を動かせば。」
金髪の男―ウィリアム―は残念そうに言う。「駄目だ。軍が出てくる前に殺せる。」
ウィリアムは、いわゆるマフィアのボス、カールはその腹心。
武闘派ではあるが組織規模は小さい。
本人も160cmほどの小柄で体格も普通。ではその自信はどこから来るのか? それは彼の下半身、特に足だ。
尋常では無い太さの足。
カールは、二週間ほど前にテキサスの敵対組織のバーで彼に屠られた用心棒を思い出していた。
(数百戦無敗とか言ってたあのバカ、悲惨だったな。)
そのバカ、リチャード・フィルスはウィリアムのたった一発の蹴りで首をへし折られ、人生の幕を下ろした。
「期待できる奴は知ってるんだがね、居場所が絶海の孤島、潜水艦の中、ハント三昧で連絡の付かない奴。」
「全員がシャバで会えそうに無い。」
ウィリアムが悲しそうに付け加えた。
「組織はお前にくれてやる。俺は東京へ行くよ。敗北を…知るために。」
第三話『イラク・ムハル』
「…ぉい……おい!聞いてるのか!?」
野戦服を着た髭面の男が、同じく野戦服を着た青年を叱る。「我々、第十六旅団の精鋭による東京都庁・国会自爆テロ計画。
どれ程重要な任務かわかっているのか?
わかってるならさっきの作戦計画を全て言ってみろ!」
ターバンを巻いた別の男がなだめる。「まぁ、彼もまだ若いんだ。決死の作戦前だから思うところもあるんだろう。」
申し訳無さそうに黙り込む青年。
ターバンの男が続けた。「彼なら本番でもきっちり働くさ。何せ『神の右腕』を持つ男だ。
あの米軍戦車の砲身をねじ曲げ、米兵を素手で肉片にする怪力。君らも見ただろう。」
その青年は黙り込んだままだ。顔は二十代といった所。パーマの掛かった短髪の好青年だ…顔だけなら。
異様な体格だった。右上半身、肩から右手までが異様に太く大きい。
普通の左上半身と比べると腕は四倍、指の太さは三倍も違う。
青年がやっと口を開いた。「爆破は中止させます。僕は敗北を知りたい。敗北を知る前に貴方達の都合で自爆死するわけにはいきません。
言っても聞いてくれないでしょうから、僕は貴方達を殺してから行きます。」
異形の腕力が命を叩き潰した。
第四話『ドイツ・アドルフ』
薄暗い廃ホテルのホール。そこに設置された壇上で一人の黒いレザーコートの男が演説している。
演説が終わると、「ハイルメイザー・ジークライヒ!」と演説に聴き入っていた聴衆達が連呼した。
側近らしき若い女性が男を労う。
「見事な演説でした、総統。第三帝国の再建も遠くはありませんね。」
「あぁ…」二十代後半に見える、金髪でオールバックの『総統』が答える。
奇妙なカリスマ性を漂わせる『総統』に似た格好をした、ホールにぎゅうぎゅう詰めの集団……。
つまるところ、彼らはドイツ国内の単なるネオナチの一派である。
しかし、ドイツ政府はそうは見ていなかった。彼らは危険過ぎたのだ。
今や議員や軍高官の一部にまで、この『総統』の信者が現れ始めていた。
このまま放っておけば、国家転覆やナチス復活が冗談の類では無くなってしまう。
首相は遂に軍を動かす事に踏み切った。
…聴衆の興奮醒めやらぬ中、『総統』が再びマイクを手に叫ぶ。「帝国再建の礎となる英雄達よ!
昨日、私の見た夢に前世での側近達が現れて告げた!!
『貴方は、この先いかなる争いにも敗れません。
しかし今日本の東京に行けば敗北という物を知る事が出来るでしょう。
この機を逃せば貴方は一生敗北を味わえません』
…私は日本へ行く、敗れる為にっ!!」荒唐無稽な話だ。しかし誰も反論一つしない。
それは『総統』の異常なカリスマ性の為せる業であった。
が、次の瞬間静寂は破られる。憲兵隊の突入だ。
五人の兵が壇上の『総統』を取り押さえようとした刹那、三人の兵が首から鮮血を吹き出し倒れた。
残り2人も発砲する間も無く、『総統』の手にいつの間にか握られた奇妙な刃物で瞬殺されていた。
その数日後、自称『総統』アドルフ・メイザーは狂信者の助けで日本へ密入国を行う。
第五話『中国・幽鬼』
中国拳法の生ける伝説・郭海皇。彼は今、人生でかつて遭遇した事の無い怪物と戦闘していた。
「お主の話は聞いとるよ。国内の海王を潰して回る男…儂で最後なんじゃろ?」
対峙する男は2mを超える巨漢。ボサボサの黒髪の長髪。ボロボロの薄汚い衣服。
その背後には郭の息子の春成、助っ人の龍 書文の2人が血まみれで倒れている。
(バケモノめ。) 郭は心中で毒づく。(龍の貫手を喰らって尚、平然としておる。)
「ヒイイィィッ!!」悲鳴にも似た声で郭が再び仕掛ける。『消力』―攻防に応用できる郭の奥義―を使用した打撃が男に次々と炸裂する。
拳、膝、肘が男の体に吸い込まれるようにめり込んでいく。
しかし男は悠然と歩を進め…郭の胸ぐらを掴み持ち上げた。
「離さんかぁっ!!」郭が男の首・顔面に猛烈な消力打撃を集中する。
鮮血が飛び散り、男の体が揺らいだ。
(好機っ!こやつは後少しで倒れる!)郭は心中で確信した。だが、郭の確信は都合の良い『期待』であった。
郭が更にラッシュを掛ける。「ごぶぅっ」と郭の口から声が漏れ、次いで鮮血が滴った。
老人は中国黒社会・拳法界で『幽鬼』と呼ばれ畏怖されるこの怪物を甘く見過ぎていた。
郭の左胸を男の右手が貫いている。
(ぬ、貫手か…!!)140歳の老人の意識は彼の人生と共に、闇に沈んでいった。
郭の遺骸を床に放り投げた男は、貫手の傷を抑えながら、龍を見る。
「お前の方が…マシだったな。…この国には…失望した…。」そう呟き、男は立ち去った。
第六話『ブラジル・ジェフ』
ブラジルの秘境、森林地帯の奥地を野生児・ズールが駆ける。
野生の勘で彼は危機を感じ取っていた。生命の危機を。
あらゆる猛獣を素手で仕留め、最大トーナメントでは不意打ちとはいえバキを倒した実力者。
その彼が、今まで感じた事の無い危険を感じたのだ。
一族の暮らす村に着いた彼が遭遇したのは、不気味な静寂と4WDのオフロード仕様車一台。
ズールは車を一瞥すると村の奥へ進んだ。
村の若者達が倒れている。全員ピクリともしない。
呆然と立ち尽くす彼の背後、村の木造家屋の陰から男が現れた。
身長は190前後、すらりとした体型でスキンヘッドの若い黒人だ。
「やぁ、会いたかったよ。まずは自己紹介だな。ジェフ・クライズってもんだ。」
ズールが身構え、目の前の男を分析する。
腕と足が異様に長い。腕は膝まであった。この男、打撃系か?
ズールの思考をあざ笑うように男が走りだす。
前方ではなく後方へ、逃げ出したのだ。ズールも追う。
男が車の前で立ち止まり、トランクを開ける。胴着姿の男が力なく横たわっていた。
ジェフが男を引きずり出し、男の手足を拘束していた手錠を外す。
「起きろ」ジェフが男に蹴りを入れ、男が呻き声を上げてよろよろと起き上がる。
男の顔を見て、ズールが驚きを露わにする。あの大会の出場者。ブラジリアン柔術のセルジオ・シルバだ。
シルバが立ち上がるのを見届けジェフが口を開く。「2対1だ。来な、クズ共。」
その言葉と同時にズールが弾かれたように襲い掛かる。
数秒遅れてシルバも足へタックルを掛けるために突っ込む。
ジェフがボクシングの構えで高速のジャブを放つ。
長い腕から放たれる連打がズールの突進を阻んだ。
シルバが隙を突き懐へタックルを仕掛ける。
……倒れない、微動だにしない。しがみつくシルバの頭にジェフの肘が落ちる。
鮮血を吹いてシルバが崩れ落ちた。
ジェフが顔を上げると、ズールが既に目前に迫りテレフォン気味に右拳を振り上げていた。
しかしバックステップで距離を取られ、ズールの顔面に槍のようなカウンターの左が突き刺さり、ズールはふっ飛ばされる。
突如ジェフの腕に重量が掛かる。
腕ひしぎ逆十字をシルバがぶら下がった格好で決めている。
シルバの感情は憤怒一色だった。(この野郎、素人の分際で俺をクズだと?このまま腕をブチ折ってやる。腕だけじゃねぇ…
全身の骨をへし折って此処に埋めてやる!!)
シルバが腕に力を込めた瞬間、ゴキン、ズルリという鳥肌の立つ音が響いた。
極めていた腕が抜けたのだ。蛇のようにズルリと。
(ならば足はどうだ!?)
足に組み付こうとしたシルバの動きが止まる。
(…なぜ顔がある?しかも逆さに。)
それが致命的なミスだった。逆立ちの体勢から繰り出されたジェフの三連撃の蹴りがシルバのこめかみ・顎・鼻骨を砕いた。
ややあって、ズールが最後の力を振り絞って立ち上がる。ジェフはまだ去っていない。
石を握りしめ、背後からジェフに忍び寄る。
ズールが笑みを浮かべた。(もう少しで…殺れる)そこで突然ジェフが振り返った。
その瞬間、ジェフの手から放たれた何かがズールの喉を貫く。
太い、先の尖った木の枝だった。
血を吐いて痙攣するズールにジェフが皮肉っぽく呟く。「文明人に狩られちゃ野生児失格だな?」
2人の遺骸を草むらに投げ捨てた後、ジェフは邪悪な笑顔を浮かべながらアクセルを踏み込んだ。
第七話『アイルランド・パトリック』
レイキャビクの小さな空手道場の一室。
二人の男が電気も付けず、暗い部屋でテレビを見入っていた。
一人は50代半ばといった所だろうか?
身長は160程度しか無いが、太く大きいがっしりとした体格だ。
隣に居るのは若く、痩せ型の青年。
青年が口を開く。「先生、この人と闘う為に日本へ?」
先生と呼ばれた男、パトリック・ルスキンは感慨深げに答える。
「あぁ、この『武神』なら私に敗北を与えてくれそうな気がするんだよ。」
ビデオが終了すると、パトリックは用意していた旅行カバンを持ち、弟子の青年に『もしもの事が有ったら、道場を頼む』
と告げて道場を後にした。
残された青年は師の言葉を思い返し、苦笑した。
(アレを倒せる人に…『もしも』は無いだろ。)
その視線の先には、かつて勇次郎やジャックが仕留めた物と同サイズの白熊の剥製が鎮座していた。
第八話『ロシア・プルシコフ』
「クソォッ……!!」『ガッシャァァン!』
ロシア・死刑囚シコルスキー脱獄事件対策本部の一室。
痩せぎすの初老の男、KGB元長官バレンチン・ソコロフが花瓶を壁に投げつけた。
「なぜ、彼の確保に失敗したのですか!!」
中年の部下が平謝りしている。「も、申し訳有りません!まさか彼までも…同じ行動を取るなんて…」
ソコロフの怒りは収まらない。「KGB最強にして最凶のエージェント…彼までも敵に回るとは…!!」
部下が釈明する。「で、ですが。こちらも元KGBのトップクラスの三名を、彼に半強制的に本任務に就かせる為に送ったのです。」
ソコロフが怒鳴り散らす。「全員殺害されてしまったではないですかっ!!」
手元の資料を見やりソコロフが嘆く。「プルシコフ。あなたまでが…」
資料には40代前半で短髪、獰猛な顔つきの露人の写真。
身長176cm体重74kg。その他彼の功績や経歴が記載されていた。
最後の特記欄には、《最重要危険人物》と赤字で大きく書かれていた。
第九話『日本・唐沢 争銘』
横浜のある廃ビルの屋上。一目で暴走族と分かる少年達がずらりと円を組み集まっていた。
百人は超えるだろうか。その巨大な円の中央で二人の死闘が繰り広げられている。
いや、正確には『いた』。死闘は開始から10分経った今は単なるリンチと化していた。
二人の内、片方は柴 千春。もう片方は唐沢 争銘という巨漢だ。
少年達は二つの勢力に分かれていた。柴 千春率いる『巌駄無』と争銘の率いる超武闘派の少数精鋭『魔神銃』。
長期化した抗争を、双方の頭二人で決着を着ける事になったわけである。
5分前までは、柴千春の一方的な攻勢だった。開始直後のドロップキックを皮切りに千春の怒涛のラッシュが続いた。
ところが、5分間ラッシュを受け続けた争銘に突然千春の攻撃が当たらなくなった。
争銘が千春の攻撃を全てかわし、カウンターを叩きこむ。
2分もすると千春の攻撃は無くなった。争銘が千春の攻撃を全て封殺しているのだ。
パンチを出そうとすれば支点の肩を打って止め、蹴りを出そうとすれば膝や腰を打って止め、頭突きを出そうとすれば
頭をアッパーで跳ね上げ止める。
芸術的な絶技だ。ただの一発も外す事無く、争銘の打撃が千春を破壊していく。
仲間達の悲痛な声も空しく千春は崩れ落ちた。
争銘が千春を引きずり起こし、問い掛ける。
「なぁ。テメエあのボクサーのマイケルに柔道の畑中と闘った事があんだって?
そりゃ本当か?」
千春が力無く呟く。「嘘は…言わねえよ。
東京ドームの…地下に行け…そこなら、半端じゃなく強ぇ奴らと闘える…。」
争銘が構成員達に呼び掛ける。『この抗争はコレで終わりだ…行くぞ。』
第十話『イタリア・グレゴリオ』
イタリア・シチリア島。プールを備えた大豪邸の一室で『商談』が行われていた。
大理石のテーブルを挟み、高級そうな革のソファーに身を沈めた二人の男が向かい合う。
片方はすらりとした体型の金髪の青年。もう片方は屋敷の主のようだ。
30分を過ぎた頃、『商談』が成立し2人は固い握手を交わした。
屋敷の主が青年に話し掛ける。「面白いビデオを手に入れたんだ。商談成立の記念に観ようじゃないか。」
それは最大トーナメントのビデオだった。
何者かが、無断で撮影し裏ルートで流出させたのだ。
政財界や裏社会の極一部の大物にのみ出回ったこのビデオは、暗にこの人物の地位を示していた。
ビデオを見終わった後、男が獰猛な笑みを浮かべ言い放つ。「実はね、私はこいつらと一戦交えようと思っているんだ。
敗北を知る為にね。」
屋敷の主、フランチェスコ・レオーネは198cm、120kgの筋肉質の体を乗り出し、言葉を続けた。
「私はね、生まれてこの方、43年間敗けた事が無いんだよ。」
彼は、生まれつきの剛力と巧みな戦略でナイフ・ナックル・マチェット・拳銃・機関銃を持ち襲い掛かる相手に勝利してきた。
その結果、彼は30代にしてマフィアの本場シチリア島のトップに立った。
本当なら彼はこんな『商談』なんか放ってすぐにでも東京に飛びたかった。
しかし、これが終われば二週間は予定に空白が出来る。
それに、けじめとして仕事はきっちり終わらせなければ部下に示しがつかない。
そんな事を考えていた彼の思考を、血相を変え部屋に飛び込んできた部下が遮った。
不機嫌そうにレオーネが「どうした?」と一言。「ドン!警察です!奴ら特殊部隊を投入してきました!」
「何だと?金はきっちり握らせてあっただろうが。」
「しかし、現に今奇襲を受けているんです!!ドン・レオーネ、ここは一旦避難して下さい!」
話している間にも外や屋敷の何処かの銃撃戦の音や怒号が響き渡る。
苦虫を噛み潰した様な表情でレオーネが立ち上がった。
「おい、アンタも…」レオーネの言葉を銃声が寸断した。
金髪の青年がレオーネの部下を射殺したのだ。
(こいつ、警察の犬か!!)レオーネが怒りを露わにし、剛腕の右を放つ。
巨大な拳が青年の端正な顔を破壊するかに思われた刹那、青年の腕が一瞬拳をかすめ、レオーネは宙で一回転した。
青年の手が宙を舞うレオーネの顎を捕らえ、大理石のテーブルの角に頭から叩き落とす。
どす黒い血をカーペットに広げ、二、三度レオーネは痙攣すると絶命した。
銃撃戦が特殊部隊の勝利に終わり、その影の主役である金髪の青年はとっくに自宅へ戻っていた。
青年は受話器を手にとり、仕事の結果報告をしている。
受話器の向こうからは中年男性と思われる声で、
「彼との癒着がマスコミに漏れていた様でな。ご苦労だった。」
「いえ…意外に楽でしたよ。」
「また頼むよ。グレゴリオ君。」
180前後、細身で金の長髪の青年・グレゴリオは屋敷から持ってきたテープを見ながら呟く。
「無敗…?あの程度で?」レオーネの台詞を苦笑しながら、荷造りを始める。
その翌日、イタリア警察の懐刀は「敗北を知りに行く」と、意味不明な休暇届けを出しイタリアを離れた。
第十一話『オランダ・ジョアン』
クライ・ベイビーの異名を持つ怪物、サクラは旅行でオランダを訪れた。
様々な観光名所を回りつつも、ちょくちょく格闘技関連のイベントにも訪れる。
サクラが執事ウォーケンとよく行くのは、やはりプロレス。
サクラが見た試合で最も印象深かったもの、それはある会場で見た大型レスラー対決だった。
悪役のレスラーが善玉役を片手で、それも軽々と持ち上げたのだ。
その後は結局、ショービジネスの性質上善玉役が勝ったのだが…。
サクラの超感覚は見抜いていた。悪役の男は真剣勝負ならば…恐らく自分と同等の実力を持つ。
そしてサクラはもう一つの事を見抜いていた。
観光四日目。別荘に戻ったサクラはウォーケンに、「今夜客が一人来る。どんな無礼者でも、構わず部屋に通してくれ。」と頼んだ。
ウォーケンは訝りつつも、サクラの指示に従う事にした。
それから一時間もしない内に、サクラの予言は的中する。
サクラ邸を訪れた男は、普段サクラが迎える客とは明らかに異なっていた。
2mを越える筋肉隆々の巨漢。
赤のシャツに膝までカットしたジーンズ、派手な金のネックレスを着けたアフロヘアーの男。
年齢は20代後半といった所だ。しかし、大男なら見慣れている。雇い主はあのサクラなのだ。
ウォーケンは怯む事無く、予言通りにサクラと面会を望む男を部屋へ案内した。
超感覚で『客』の来室を捉えたサクラが口を開く。
「やはり君か、来ると思ったよ。用件を聞こう。」
「リアルファイトで敗北を教えてもらいたい。」アフロの男が野太い声で答えた。
サクラは微笑みながら「ほぅ、どこで知りたい?」と聞く。
アフロの男が間髪入れず答える。「この場でだ。」
サクラがサングラスを外し、空洞の眼が現れた。
ウォーケンを一瞥し、「外してくれ」と言うと、アフロの男に向き直る。
両者の間に空間を歪める程の殺気が放たれる。
「名前を聞いておこうか。」
アフロの男が問いに答える。「ジョアン。ジョアン・ルドヴィクスだ。」
「覚えておこう。」サクラの一言が、凄惨な死闘の開始させる合図になった。
―――40分後、震える声で救急隊を呼ぶウォーケンの姿が有った。
通報を受け、駆けつけた隊員達が見たものは…。
この世の地獄。広い応接間は壁も家具も床も天井も破壊され、床には肉片と大量の血。
そして瀕死の重傷を負って倒れている、2人の大男であった。
それから五ヶ月後、未だ入院中のサクラの元に、見舞いの客が訪れた。
「やぁ…君か。」病室に訪れた大男、ジョアンだ。
「結局、私では敗北を教えられなかったな。」
ジョアンが問い掛ける。「アンタの勝ちだ。なぜトドメを刺さなかった?」
「君が倒れた直後、私も限界でね。倒れてしまったんだよ。刺せなかったんだ。ところで…左手は?」
「神経が傷ついてたから、切断して義手にしたよ。」
ジョアンはサクラにより、左手を粉砕骨折させられていたのだ。
「なる程。今私と君が再戦すれば、君が確実に勝つでしょう。
それは実質的な私の敗北であり、君の勝利です。」
サクラが続ける。「回復力・手を切断した決断力。それも実力の内ですよ。」
ウォーケンが、例のビデオテープを渡す。
「日本の東京へ行きなさい。きっと、望みは叶うはずです。」
ジョアンが無言で病室を立ち去る。
…立ち止まり、右手でスナップを作った。
サクラもスナップを作り、ウォーケンはとっさに耳を塞いだ。
『バッチィィンッ!!』爆音が大気を震わせる。
それは、サクラの餞別であり、ジョアンの礼であった。
第十二話『イギリス・シーザー』
小国を買い取れる程の巨万の富。首相でさえひれ伏す圧倒的な権力。
理想的な体型、整った顔。天才的な頭脳。その全てを彼は30代前半で持ち合わせ、手にしていた。
誰もが羨む満ち足りた人生。いかなる争いにも負けた事は無い。
その男シーザー・クワイツの人生を狂わせたのは、例のテープだった。
バキやジャック、独歩達の闘いは彼の精神に稲妻のような衝撃をもたらす。
(こ、こんな人間が…この世に…?)
栄光を極めた男は、次いで強烈な衝動に襲われる。
(彼らと闘いたい!敗北を知りたい!!…自分流のやり方で…!)
世界的大企業、シーザー社を一代で興した、バキ達とは違う意味での『怪物』。
彼は即座に役員達に、経営権の一時的移行を行い日本へ渡った。
第十三話『メキシコ・ブライアン』
ブリザードが吹き荒れる、極寒地帯。
ある研究施設を、はるばるメキシコから一人の客が訪ねていた。
意識が無いのだろうか?雪を全身に纏ったまま、机に老人が突っ伏している。
客の…身長はギリギリ170といった所、分厚い防寒着の上からでもわかる程体格の良い男が老人の前に立っている。
男は老人に一方的に話し掛ける。「なぁ、博士。俺はとても感謝してる。アンタに会わなかったら、
俺は10年経った今でもうだつの上がらねぇ、ゴミみたいな人生を送るチンピラだった筈だ。」
『博士』は何も答えない。「…あれから10年。俺は強くなったよ。途方も無く、強く。」
「今じゃ、どんな奴だって俺に手出しはできねぇ。誇りと喜びに満ちた無敵の人生だ。」
男の目から涙が溢れ出す。
「なぁ…せっかく報告に来たのによ、なんでくたばっちまってるんだ……?」
ここはカナダの、かつてジャックにドーピングした博士の住まいだった。
それは神の悪戯だったのだろうか?
突然の暴風が施設内に吹き荒れ、凍りついた棚から一つのファイルが落ちた。
ブライアンがそのファイルを拾い上げ、中を見る。…何かのランク付けのようだ。
そこにはジョン博士が、今までに手がけてきた『作品』達の名前が羅列されている。
(当然俺が…)ほくそ笑むブライアンの表情が、突如憤怒の形相に変貌した。
ランクのトップに有ったのは、『ジャック・ハンマー』。彼は2位だった。
「どういう事だジジイッ!!」絶叫するも博士は答えない。
彼は懐から銃を取り出し、遺体に全弾を叩き込んだ。
片っ端から書類を調べ、血管を顔面に浮かせたブライアンが呟く。「…俺が最高傑作だって事…認めさせてやるよ…!!」
「俺が…」彼が両手の指をカキンと鳴らす。「最強だ。」全身から服を突き破り、刃が飛び出した。
憤怒の鬼、ブライアン・ケイオス。彼の頭はジャックを追い、東京へ向かう事に占有されていた。
第十四話『日本・黒石 秋月』
北海道のある道立病院の一室。一人の老人が懸命に闘っていた。
ある武道の達人である、この老人。名を黒石 秋月(くろいし しゅうげつ)。
闘っている相手は死。それも老衰による、逃れられない死だ。
数少ない弟子達が師の最期を看取るため、駆けつけていた。
走馬灯、三途の川、人が死の間際に見る夢とも幻影ともつかぬものの中で、黒い壁と対峙していた。
高く分厚い壁が、老人を押し潰さんと迫ってくる。
迫りくる壁が老人の体を押し潰し始める。肋骨が悲鳴を上げ、枯れ木のような四肢が悲鳴を上げる。
世界中を飛び回り、武者修行では生涯負けなしの達人も、諦観の念に捕らわれていた。
(仕方ない、寿命なんじゃ。生き物の定めという事か。)
(…嫌だ!!儂はまだ負ける所か、互角に闘れる相手と出会った事すらない!!)
老人が壁を押し返す。
(死ぬなら…戦の場で死にたいっ!!)
壁が崩れ去り、光が老人を包む。
呆然とする弟子達と医師、危篤状態の師が突然起き上がったのだ。
呆気にとられる周囲を気にも留めず、ベッドから降りて立ち上がる。
背は190はあるだろう、細い、枯れ木のような四肢が異様な風体を醸し出す。
「心配させたな、退院だ。帰るぞ。」
「は!?」「い、いや…黒石先生…頭。」
綺麗に剃り上げられた老人の頭には、いつの間にかうっすらと髪が生えていた。
第十五話『インド・グルカ』
インド・デリーの、中心部に存在する巨大な神殿のような建造物。
その内部の廊下を5人の法衣を纏った男達が歩いていた。
足早に歩きながら、慌てた様子で何か言い争っている。
「消えた!?いくら『神』とはいえ…!」
「本当です!儀式の最中に…突然、黒い穴が部屋に現れて…その中に消えたんです!」
「それを黙って見てたのか!?」
「止めようとはしました!ですが、急に真っ直ぐ歩けなくなって…。」
「行き先は?何か言ってなかったか?」
「東へ…『敗れ去る為・あるいは天罰を下す為に日本の東京へ行く』と。」
「どういう事だ…」
その頃、一人の痩せた小柄な老人が帽子とサングラスで変装し、東京行きの便に乗りこんでいた。
『神』、グルカ・シャカールの荷物には例のテープが入っていた。
第十六話『オーストラリア・ポール』
マリアは驚きと、怒り、悲しみ、その他様々な感情を顔に出さないように心を砕いた。
マネージャーとして彼に就いて四年、何も望まず不服も口に出さず仕事をこなして来た相方。
その相方の彼が、突然「日本に行きたい」と言い出したのだ。
スケジュールには2日しか余白が無い。
その上、彼は「戻って来ないかもしれない」とのたまった。
三時間に渡る口論の末、折れたのはマリアだった。
「…わかったわ、ポール。オーナーには私から話しておきます。」
彼はIDカードを置いて、その場を去った。
マリアが口論をした部屋を出て、廊下に備えつけられたエレベーターに乗り込んだ。
階選択のボタンの脇、細い隙間に先程の物とは別のカードを差し込む。
『B10F』と、パネルに表示されエレベーターが独特の浮遊感を伴い動き出した。
エレベーターを降り、左右にいくつもあるドアを無視して真っ直ぐに歩く。
…そこはまるで、古代ローマのコロッセオを彷彿とさせる場所であった。
ここが、ポールの職場である。
中央の闘技場は光成の持つそれよりも、五倍は広い。
その分、観客席は半分程度しか無かった。
客を厳選する必要があるからだ。
ここのオーナー、実は光成の闘技場の常連客なのだ。
そこの闘いに感銘を受けたオーナーは、自分も同じ、いやそれ以上の物を造りたいと考えた。
その結果…ここは更に過激なルールとなった。『飛び道具と乗り物以外は全て有り』
つまり日本のルールに、鈍器や刃物の使用を加えたものだ。
8年前に完成して以来、ここは膨大な死と狂気、快楽と金を生み出してきた。
過激なルールゆえ、3試合に3〜4人は死ぬ。
勝ち抜き制の為、チャンプは二度防衛できれば奇跡と言えた。
…しかし、4年前に異変が起きた。
試合開始と同時に、一人の少年が乱入し、選手二人を殺害したのだ。
一人の獲物は大型の斧。もう一人はなんとチェーンソーだった。
その二人を、乱入した少年はあろうことか素手で葬り去った。
本来なら即射殺される暴挙だったが、圧倒的な強さを認められ、特例的に正式ファイターになった。
その少年、当時14歳のポール・ザヴィアーはそれから四年後の今に至るまで…
『素手』で無敗のチャンプに君臨し続ける。
「無事に…帰ってきてね…」マリアが闘技場の虚空を見つめ、呟く。
その言葉が聞こえたかのように、若干18歳、紺色の長髪の168cmの小柄な青年はビルを一度振り返り…
立ち去った。
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