復讐の狼

 

第1部  捧げられた肉贄

 

敗北も屈辱も知らず勝利だけを飽食する男、そんな奴はこの世にいない。
だがその男の「敗北」は重過ぎた。常人よりも、ずっと。
男の存在意義と、愛する仲間が目の前で消えていったからだ。虫ケラを捻り潰す様に、簡単に。
そして男はまたその店に入り浸る。真昼間から。負け犬のたった一人の宴。
 「いつものな」       
その男は無愛想に一言言っただけだ。10年前のカタストロフから、もうこの男に感情は無い。
あるのは黒々とした殺意。蛇の様にとぐろを巻いている禍々しい憎しみ。そしてそれを上回る哀しみ。
バーテンが黙っていつもの酒を出す。ワイルドターキー。品も無ければ、色気も無い、男の酒。
男はそれを黙って流し込む。ノドが焼け、ほんの瞬間だけ脳裏から忌まわしい記憶が消える。
 (悟空・・。ベジータ、クリリン、天津飯・・。チャオズ、御飯・・。俺はやっぱり負け犬だよ)
自然と笑みが零れ落ちる、しかし自嘲の笑みだ。可笑しくて堪らないのだ。自分の無様が。
 (あんな強くて良い奴らが殺されて、役に立たない俺が生き残っちまうとはな)

バーテンはまたか、という表情を一瞬するが、それを閉じ込めると黙ってテレビを付ける。
 「人造人間17号様が、この新世界の新たなる王位に就かれました。この日を記念いたしま・・」
プツン。バーテンは黙ってスイッチを切る。その静かな顔に、口には出せぬ呪詛の念が広がる。
しかし自分を抑えきれず、つい口に出してしまう濁った思い。だがそれは紛れも無く真実だろう。
 「人形風情が、人間を支配しやがるとはな。ああ、早く死んでしまいてえよ」

 
10年前。この世界は歓喜に満ちていた。
勿論全てが善良な人ばかりではなかったが、平和に満ち、日々の生活には笑顔があった。
だが、カタストロフと呼ばれるあの日。全てが終わりを告げた。まるで神の怒りに触れたかの様に。
たった2人の出現によってである。その2人はある日突然現れた。外見に恐怖はまるで無い。
いやむしろ、その2人は道行く人が思わず振り返るほど、美しい顔立ちをしていた。美女と美男の2人。
美女が笑う。光に祝福された女神の様に。次の瞬間、街が消えた。後に残ったのは焦土と化した廃墟だけ。
美男が髪をかき上げた。女たちはその様子に頬を紅く染めた。次の瞬間、目の前には何も無くなっていた。
そしてその美しい男女は大破壊と殺戮を始める。まるで神に赦された行為でもあるかの如く、笑いながら。
国も軍隊もまるで相手にならなかった。いや、その男女の出現と同時に国、という概念は消えたといって良い。
無法の地と化したのだ。まるで原初の集落の如く、獣の集団と成り果てた人の群れ。いや、もはや家畜か。

そこへ立ち上がった者がいた。Z戦士と呼ばれる、地球が誇る宇宙最強の戦士たちである。
孫 悟空を中心とするZ戦士と2人の男女の戦いは熾烈を極めた。その戦いの中で、人々は知る。敵が人外と。
人造人間という人を超えた種であると。人々は祈った。Z戦士の勝利と、暖かい日々へ戻れる事を。
まるで黙示録の天使と悪魔の最終戦争の様に、激しい戦いは地球を揺るがした。
そして時は来た。Z戦士と人造人間の決着の時が。敗れたのだ。地球の誇る最強の戦士と、人々の希望が。
孫 悟空以下、ほぼ全員皆殺しという最悪の結果で。

そして人造人間は破壊と殺戮を終え、次なる段階へと足を踏み出す。
人間を奴隷として統治し、自らを王として君臨し始めたのだ。その忌むべき記念日が今日である。

その男はいつもの店で酔い潰れながら、そのニュースを聞いた。目が不気味にギラつく。獣臭が発散される。
しかしその時、背後から声が掛かる。殺気を何とか封じ込めて振り返る男。
赤のラバーソール地に身を包んだ、金髪の商売女が立っている。この辺りでは有名なコールガールだ。
 「寂しそうね、1人で呑んでいるなんて。ねえ、3万ゼニーで天国へいってみない?」

ブロンドは豊満なプロポーションを強調した服で男を誘惑する。そしてゆっくりと男の右手を握る。
胸へ男の右手を潜らせ、胸元の突起まで男の指を這わせると、コリコリとした感触を男の指に楽しませる。
その後、胸元から男の右手を引き出し、指を根元までズッポリ咥え込んで、舌先で丁寧にしゃぶりだす。
 「やめろ。俺は女はやらない。これで引き取れ」
10000ゼニー札をブロンドの胸元へねじり込む。そしておもむろに席を立ち、店を出ようとする。
 「何だ!! 商売女と思って安く見やがって! アタシだって好きでこんな事してる訳じゃ…」
背中からブロンドの声がする。先程までの扇情的な声ではない。感情が迸る様な、心をエグる様な声だ。
 「亭主が生きてれば… あの悟空ってのがいけないんだ、負けやがって! あの人を帰せ…」
泣き崩れるブロンド。いつの間にか男はブロンドを見下ろしている。急にブロンドの長い髪を掴み上げる。
 「逃げたんだろてめえの亭主は… 闘った奴の事をとやかく言うんじゃねえ」
男はそういうとブロンドを張り飛ばす。血まみれになるブロンド。涙目で男を睨むが、ある事に気付く。
 「てめえは… お前だって逃げたんだろうが、ヘタレ野郎! 友達を戦わせておいて…」
男はその言葉に動けなくなる。そして静かに懐からありったけのゼニーを出し、女の顔に投げ付ける。
 「ヘタレか。昔はそう呼ばれる事がイヤだったが、そう呼ばれていた時が一番幸せだったとはな」
背を向け店から出ようとする男。その時、非常警報が鳴り響く。バーテンがつぶやく。
 「人間狩りか。クローン部隊の。け、人造人間のイヌめ」
そう言って店を閉めようとするバーテン。しかし男の視線は急に鋭くなる。殺気が放たれる。
 「アンタ… やるのかい、あのクローン部隊と、殺されるって、止めな!!」
ブロンドは恐る恐る言う。だがその男は不敵に笑う。
 「立派に闘って死んだら… 今度は、胸を張ってあいつらに会いにいけるかも知れねえな…」
ブロンドはその男に聞く。名前も知らずに目の前で死なれるのは気分が悪い。名前は何だ、と。
男は静かにこたえる。
 「昔はヤムチャと仲間から呼ばれていた… 今はただのリベンジャー(復讐者)だ」

殺戮はその男の涙である。敵であるクローン部隊を皆殺しにする事になんの痛痒も感じなければ、
男はどれほど救われるであろうか。返り血を浴びる度に、少しずつ男の心が黒ずんでいく。
 (もう、戻れない。戻る気も無い。目に映る敵は全て殺す)
目の前にクローン戦士たちの死骸が累々と横たわる。まだ息絶えぬ敵に対し、ゆっくりと掌をかざす。
必死に哀願するクローン戦士。貴様に罪は無い。貴様も、有名武術家の遺伝子から造られただけだ。
主人である、人造人間の敵と戦う為に。いや、奴らの神を紛うお遊びの為に。
だが殺す。同情は無い。貴様は敵だからだ。俺の前に立ったからだ。 …そして目の前から命が消えた。

その地獄を前にして、ゆっくり男はタバコをふかす。マズい。いや、武道家である自分がタバコなど…
 (武道家、か。我ながら滑稽な事だ)
男は大声で笑う。まだ自分にそんな矜持が残っていたとは。 …ただの殺戮者、復讐者のくせに。
ひとしきり大声で笑った後、止め処なく涙が零れ出す。何を俺は泣いている。泣くな、ヤムチャ。
奴らを、人造人間17号と18号、そしてドクターゲロを殺すまでは…

 「ヤムチャ、だな。最近、偉大なる人造人間様に歯向かっている愚か者の」
背後に殺気を感じる。まさか、知らずに接近を許すとは。出来る。今までの奴らとはケタが違う。
 「愚か者ってのは正解だがな。あのダッチワイフどもを偉大って言うバカは生かしちゃおけねえな」
立ち上がり、ゆっくり後ろを振り向くヤムチャ。だが背後の男を見た瞬間、復讐者は凍り付く。
 「……!!…バカな…。お前は…。 …天津飯!!」 

首を必死に振って、目の前の光景を否定する復讐者。しかし心の内から、絶え間なく複雑な感情が流れ出る。
帰って来ない暖かい日々や、友と研鑽を重ねた厳しくも充実した修行の日々。その友の一人が、目の前にいる。
 「どうやら状況が把握で出来ないようだな…。そうだ俺は天津飯。オリジナルの忠実なクローン…」
天津飯が立っている。あの懐かしい当時のままで。あの声のままに喋っている。…俺を殺すと。
 「我らを殺しまくっているらしいな。 …だがこれで最後だ。貴様は俺に一度も勝った事が無かったな、ヤムチャ」
                …ヤメロ。ソノ声デ俺ノ名前ヲ呼ブナ…
目の前の天津飯の腕が増える。四妖拳、奴の得意技だ。だがなぜか俺の体は動かない。目の前の光景が動かせない。
       …殺セ。目ノ前ノ天津飯ハ、俺ノ知ル天津飯ジャナイ。殺ラナキャ殺ラレルゾ…

目の前に天津飯の4本の腕が迫る。各々の腕には充分過ぎるほどの「気」が込められている。  …殺サレルゾ… 
 「な、ど、どこへ消えた、ヤムチャッ!!」
慌てふためく天津飯。4本の腕は所在無く辺りの空気を振り回し、青ざめた顔の主の指示を待っている。
 「ここだよ」
囁く様な声。まるで死神が死を告げる様に優しく恐ろしい。背後。ほんの1瞬の間に天津飯の後ろを取ったヤムチャ。
次の瞬間、天津飯の4本の腕が血まみれになり、地面を転がる。ヤムチャの右と左の手刀が同時に振り落されたから。
 「所詮ニセ者はニセ者だな… ホンモノの天津飯はこの程度のスピードじゃ、とても振り抜けない…」
両腕を?がれ、絶望の叫びを上げ続けるニセ天津飯。ゆっくりと近づくヤムチャ。懇願するニセ天津飯。
 「やめろ、殺さないでくれ、アンタだって昔の仲間に会えて嬉しかっただろ?」
そのニセ天津飯の言葉に、天を仰ぐヤムチャ。少しずつ彼から殺気が失せていく。そしてニセ天津飯に微笑む。
 「ああ。嬉しかったよ、本当に…。アンタのお陰で、昔の事を思い出した」
ホッとするニセ天津飯。良かった、命だけは助かった…。しかし次の瞬間、ヤムチャの顔に鬼が宿る。
 「ダ・カ・ラ・死・ネ!!」
その日最大の気功波が、ヤムチャの右手から発せられ、ニセ天津飯の首から上が消失した。  

ニセ天津飯の首無し死体が目の前に転がっている。その死臭を嗅ぎ付けたのか、山犬の群れが遠くから様子を伺う。
岩に腰掛けて、ゆっくりと紫煙を揺らしていたヤムチャ。おもむろに立ち上がり、ニセ天津飯のもげた腕を拾う。
そして静かに目を瞑り、大きくその腕を放り投げる。 …山犬の、目の前へ。
一瞬ヤムチャを見、その腕の肉をガツガツ食い千切る山犬たち。腕はすぐに骨だけになる。静かに近づく山犬たち。
そしてヤムチャが手出ししない事が分かると、狂った様にニセ天津飯の肉体を貪り始める。
足も、腹も、陰部も、内臓も。 …数分後、そこには白骨だけが転がっていた。
 (幸せだなあ、天津飯は…)
もう誰の骨か分からぬそれを見下ろしながら、ヤムチャは心の底から思った。
 (戦って死んで、また生まれ変わって、もう一度死んでも、他の動物を生かすために役立って)
自分は違う。ただ10年前の戦いから逃げただけだ。その結果全ての友を失い、今は復讐だけに生きている。
ボンヤリ骨を見守るヤムチャ。風が静かに骨に砂を散らす。自然が天津飯を歓迎してくれているのだろう。
その時。パチパチと、荒野に不釣合いな拍手の音が響く。音の方を見るヤムチャ。瞬間、血液が逆流しそうになる。
 「大した強さだね、アンタ。あのクローン部隊を相手にしないとは。でも、アタシとはどうだろう?」
そこには、夢にまで見た怨敵の姿があった。この世の王の半身、人造人間18号である。

「ぐわあああああああああああッ!!!!」
激情がヤムチャの全てを支配する。考えるより先に大地を蹴っていた。狼牙風々拳の乱舞が18号を襲う。
だが18号はまるでそれをダンスでもしているかの様に避ける。怯まぬヤムチャ。操気弾を放つ。
土中に深く沈み、次の瞬間跳ね上がった玉は、18号の腹部を貫く。だがその美しい笑顔は奪えない。
 「へええ、強いねえ。純粋な地球人なんだろ、アンタ? 確かソンゴクウの仲間の何とかの…」
かめはめ波の体勢を取るヤムチャ。思い切り気を練り込み、それを掌に集中する。空中を舞う18号。
波ッ!! 完璧なタイミングで、18号を捕らえるヤムチャのかめはめ波。もうもうと煙が立ち込める。
 「驚いたね。10年前戦ったソンゴクウ以上だ。なんで地球人がこんなに強く成れるんだい?」
煙が晴れ上がり、冷たい笑みを浮かべた18号が言う。だがその言葉と裏腹に、全くダメージは無い。
 「憎しみ…。ヘタレと呼ばれた俺でも、10年間ずっと憎み続ければ…。強くなれる」
気丈に言葉を返すヤムチャ。だが声は震えている。自分の全力の攻撃を、涼風の様に受け流す底知れぬ強さに。
そして憎むべき18号の、余りの美しさに。今、ヤムチャのかめはめ波によって18号の服は全て吹き飛んだ。
滑らかな曲線が描くプロポーション。端正な顔から覗く冷たい眼差しは、全ての男を狂わすだろう。
やや小さめの胸に、ピンク色の乳房が美しい。そのプラチナブロンドの頭髪と同じ色の恥毛が、薄く女性を隠す。
 (バカな、俺は何を…。相手は殺すべき相手だぞ)
そう邪念を振り払った瞬間、来た。18号の攻撃が。まっすぐ突っ込んできただけである。しかし避けられない。
18号の手刀を首筋に食らったヤムチャ。視界がグニャリと揺らぐ。そして肉体を痺れさす、電撃の様な攻撃。
倒れるヤムチャ。最後の電撃波の影響か、指一本まともに動かす事が出来ない。動かせるのは首より上のみ。
 「俺の負けだ… 殺せッ 今殺さないと、後悔する事に成るぜ…」
18号はその言葉にフッと笑う。そして仰向けのヤムチャの胸に、自分の乳房を擦り付けて言う。
 「その言葉… 合格だ。死ぬ前に、最高の快楽と最悪の陵辱を与えてやろう…」

18号の舌先がヒルの様に妖しく動く。ヤムチャの耳たぶを丹念に舐め回し、静かに下方へ下りていく。
首筋から肩甲骨をじっくりと舐め回し、その舌は乳首に到達する。最初は周りをじっくりと攻めながら、
次第に中心部の突起を責め始める18号。舌で転がし、吸い上げ、舐め上げ、甘噛みをする。
 「どうだ、中々良いものだろう…? 殺したい相手に至上の快楽を感じてしまう事は…」
ヤムチャは応える事が出来ない。自分の中で、人造人間への怒りが萎縮していく事が分かる。恐怖と快楽で。
18号の肉体からは、不思議な芳香が放たれている。まるで男の本能を直接奮わせる様な、魅惑の香り。
それがヤムチャを狂わせる。狂おしいほど肉体が疼く。女は10年抱いてない。そう、あの時から。
 「立派なモノを持っているな。これも合格だ…」
18号がヤムチャの股間に手を乗せる。服の上からでも、その豪壮振りが分かり、18号は嬉しく笑う。
 「どうだ、もうどうでも良くなって来ただろう。復讐なんか…」 
「バカな事を言うな… 俺を懐柔出来ると思うな。今殺さないと後悔するぜ…」
18号は小バカにした様な表情を浮かべ、ヤムチャの下着を捲り上げる。30センチ近いモノが屹立している。
その佇まいに満足したのか、袋の上から金的を愛撫する18号。そしてゆっくり棒に指を絡ませ、しごき始める。
次第に舌が頂点を目指し始める。裏筋を丁寧に舐め上げながら、尿道へと達した。そしてそのまま喉まで咥える。
18号の顔の上下運動が激しくなる。時々チラリとヤムチャの顔を見る。ゾクリとするヤムチャ。
その様な痴態でも、余りにも美しく感じるのだ。敵である18号が。しゃぶりあげるのを一旦止める18号。
 「ヘタレと聞いていたが結構強靭だな… この期に及んでまだ私に対し屈服せんとは、だが」
目に殺気の灯る18号。そうか。とうとう殺されるのか。なら何故すぐ殺さないんだ。こんな屈辱を…。
 「生き延びてアタシを殺すんだろ? だったら舐めろ。犬みたいに忠実にな」
動けないヤムチャの顔の真上に、18号の秘部が開かれる。ブロンドを濡らしながら、雫が滴り落ちている。

 「生き延びたかったら舐めろ… 奉仕次第では、またアタシを殺すチャンスが訪れるぞ…」


息が荒くなっている。怨敵の性器を見て、頭が狂わんばかりに興奮している。
この芳香がいけない。18号の肉体から溢れる媚薬の様な香り。それが性器からは一層強く感じる。
20センチ上から滴り落ちる愛液。不思議に甘い。普通の肉体ならば、こんな味はしないはず。
その愛液がヤムチャの口からノドを通る度に、屹立した男根が爆発しそうになる。
      …ソウダ。コレハ復讐ノ為ダ。今ハ屈服ワザト屈服シ、イズレ必ズコノ女ヲ…
表情から察したのか、18号がヤムチャの舌が届く範囲まで腰を落す。飢えた犬の様に貪るヤムチャ。
薄いプロンドに舌が埋まる。大陰唇を舐め上げる。愛液がだんだんと溢れ出す。18号の体がうねる。
舌をヒダに中に差込み、18号の中で狂った様に暴れさせる。18号の体がビクビクと反応する。
クリトリスの皮を唇で優しく剥いてやり、露出したクリトリスを吸い出して舐める。
 「はうッ…アッ…フフ、いいぞ。ンッ…。結構、上手いじゃないか…アアアッ!!」
弓なりになる18号の肉体。「復讐」という言葉がヤムチャから薄れていく。快楽が凌駕し始めたのだ。
ダメだ。俺はこいつを殺す。その為に今まで生きてきた。この10年間、人造人間を殺す為だけに。
 「頭では勝てないと分かっている。肉体はアタシを求めている。だが心は死なんか。やるな。じゃあ」
18号は静かにヤムチャの舌から下腹部を離す。そしてヤムチャのペニスを握り、腰を落とし始める。
 「アタシのは普通の女のファックとは違うぞ… ゲロが見つけ出した、人類最高の肉壺だからな」
ヤムチャのペニスの先が18号の中へ入る。体中に電流が走るヤムチャ。一瞬、意識が遠くなる程の快感。
 
 「おかしいと思わないか? 何故ゲロは武術家でなく、ただの姉弟を永久式の人造人間に選んだか。
  アタシたちはさらわれたのさ。ゲロの慰み者として。コンピューターが弾き出したとさ、私たちを。
  最高の機能を持つ男女と…。 毎晩毎晩、アタシと弟はゲロに犯され続けた。全ての穴をな。
  そしてお気に入りのアタシたちは改造された、人造人間に。永久なる年寄りの快楽玩具として。
  だが、ヤツはもう…。フフフ。ところで何分耐えられるかな、この最高のファックに…」

10年という怨念に満ちた時間は、俺にとっては果てしなく永かった。
夜眠りにつく度に、同胞(はらから)たちの声が脳裏に響くのだ。 …ナゼ、オ前ダケガ生キテイル、と。
毎夜毎晩、その声が夢で閃く度に俺は飛び起きる。寝汗が滝の様に、俺の顔を侵食している。一度も熟睡した事はない。
 …分かっている。悟空も御飯もクリリンも天真飯もそしてベジータも。そんな怨嗟の念を持つやつ等じゃない事は。
その声の正体は意識下の自分の声だ。戦わなかった良心の呵責。戦士としての劣等感。大切なモノを無くした失望感。
それらが悪霊の様に俺に取り憑き、毎夜俺を狂わせるのだ。 …死ネ。人造人間カラ逃ゲル位ナラ、イッソ死ンデシマエ。
劣等感、失望感、喪失感、絶望、そして哀しみ。 …黒々とした負のエネルギー。俺はそれを利用しようと考えた。
人間を突き動かすのは激情だ。その中で、人を最も強くしてくれるのは、決して愛情なんかじゃない。
いや。たとえ、人を一番強くするものが愛だとしても、俺にはそれを求める資格は無い。血まみれの復讐者だから。
ならば、怒り。そして憎しみ。 …10年間の間、その怒りと憎しみを燃え滾らせて、俺は果てしなく強くなった。

 ……デモソノ10年間デ鍛エタ強サハ、全ク通用シナカッタ。圧倒的ニ、戦闘力ガ違イスギタ。ダガソレハマダ良イ……
 ……本当ニ恐ロシイノハ、俺カラ「復讐」ガ消エカカッテイル。コノ最高ノ快楽ト、18号ノ途方モ無イ美シサニ………

18号はヤムチャのペニスを全てその美壷に包み込む。一瞬、頬が高潮する18号。下から突き刺されているに関わらず、
女神の様に美しく神々しい。18号の膣肉が蠕動する。まだ腰を動かしてもいないのに。それ自身がまるで意思を持つ様に。
痛いほどに締め付けたかと思うと、まるで優しく撫ぜる様に絡み付く。充分過ぎる程の愛液が極上のローションとなり、
ヌメヌメとした密着感を楽しませてくれる。亀頭の先にザラザラとした感触を感じ、その刺激が優しくペニスを愛撫する。
 「ふふッ。どうだ、アタシの味は。最高だろう?」
18号の侮蔑を含んだ冷笑にも、ヤムチャはもう応える気力は無い。本能に根ざす快楽の前に、意識すら朦朧とし始める。
……所詮、コノ程度ノ怒リダッタノダ。俺ノ虫けらノ様ナ憎シミナンテ。モウ止メヨウ、勝チ目ノ無イ復讐ナンテ……
ゆっくりと腰を使い始める18号。その上下運動は次第に速くなっていく。横方向へのグラインドも使いながら。
次第にヤムチャの腰も動き始める。まだ痺れはある。体は上手く動かないが、この最高の肉を少しでも深く味わう為に。
 (フフッ… 堕ちたか。狼は死に、忠実な犬の誕生だな。アタシの力と性能の前に)
18号に精神的な快感が走る。憎しみをも屈服させる、圧倒的な自分の力とその機能。さあ、今度は肉体の快感の番だ…
18号の腰が更に激しく動き始める。両手で自分の乳首を刺激し始める。ヤムチャは我を忘れて快楽に呑み込まれている。

だが。思考力ゼロのヤムチャの脳裏に、ある男たちの姿が閃く。 …かつて友と呼んだ、大切な同胞(はらから)たちだ。
ヤムチャはその男たちの顔を覗き込む。しかしその表情に、記憶にある温かな笑顔は無かった。 
       ……かつての同胞たちのその顔からは、寂しさと虚しさと、そして哀しみが浮かんでいた……

何時の間にか周りが暗黒に染まっている。脳裏の同胞(はらから)たちはヤムチャから飛び出し、目の前に立つ。
同胞(はらから)たちはヤムチャの顔を見下ろしている。自分は指一本動かせず、仰向けのままだ。
相変らず肉体は快楽を貪っている。体の上では馬乗りのまま、18号が美しい肢体をさらけ出している。
だが脳は急速に醒めていく。まさか、こいつ等がここにいる訳は無い。錯覚だ。自分の脳が生み出した虚像だ。
しかし彼らの視線が冷たく突き刺さる。 ……止メロ、ソノ目デ俺ヲ見ルナ。蔑マナイデクレ。仕方無インダ。
俺ダッテ必死ニ戦ッテ来タ。デモだめダッタンダ。オ前タチダッテ負ケタダロウ。コイツハ強過ギル………

一瞥し、背中を向け消えゆく悟空・御飯・クリリン・天津飯・ベジータ。 …待ッテクレ、話ヲ聞イテクレ…
だがその声は5人に届かず、そのまま彼らは消える。それと同時、辺りの闇が裂け、眩しい光がヤムチャを包む。
先ほどのまま。ヤムチャの上で18号が、悩ましい吐息で腰を振っている。この世で最も甘美で、残酷な地獄。
だがヤムチャの意識はその快楽の鎖を断ち切る。 …途轍もない哀しみと、途方も無い憎しみによって。
涙がダラダラと毀れる。ペニスから脳へと伝わる、至上の快感すら超える思い。ヤムチャは狂った様に叫んだ。
 「頼む、お願いだから殺してくれぇ… エサをもらって喜ぶ犬になってまで、生きたく無いいいいい…」

 「ほう、大したモノだ… アタシの強さと性能を味わって、そんな事を言った男は、お前が始めてだ…」
ピストン運動を一旦静止して、ヤムチャの頬を優しく右手で撫でる18号。ギラギラとした憎しみの目で睨むヤムチャ。
 「さっさと殺せ… ここで殺さないと、必ずいつか俺はお前を殺す… 考えうる最も残酷な方法でな…」
 「フフ。いい男だな。益々自分のモノにしたくなって来た… 良いだろう、生かしてやる。またアタシを殺しに来い…」
腰の運動を再開する18号。また快感の渦に呑み込まれるヤムチャ。 …だがどこか、先程までとは違う気がする。
18号の寒気のする程美しい冷笑が、少し温かみのあるそれに変わった気がする。 …気のせいであろうか。
ドクドクとヤムチャのペニスから欲望が放出される。18号は美しい声で快楽を示した後、静かにヤムチャとの密着を外す。
 「フフ、感じるぞ。アタシの中に、お前の憎しみと荒々しい生命力が注ぎ込まれたのを、な…」
ヤムチャは津波の様な快感の前に、しばらく失神状態でいたが、その一言に覚醒する。そして屈辱を浮かべ、18号に叫ぶ。

 俺を殺さないのか。必ず後悔させてやる。前も後ろも犯しまくった後に、ネズミの様に殺してやる…
 
 無理だな、お前には。良いだろう、何度でも殺しに来るがいい。その度に屈辱と快楽をまた与えてやる。犬の様にな。

 殺してやる… 犯して刻んでいたぶって… 散々弄んだ後、無様に殺してやる… 覚えておけ、俺は必ず強くなる…

 お前はアタシを殺せない。アタシはお前を何時でも殺せるが、わざと殺さない。一生お前はアタシのおもちゃだ。
 何度もお前はアタシに負けた後、最高の快感を味わう様になる。そのうちお前はアタシに自分かららひざまずくよ。
 アタシのクソ小便も、涙を流してすする様になる。楽しみだ。歯向かう犬ほど調教のし甲斐があるからな…。

 俺は犬なんかじゃねえ。狼だ。いつかノドを噛み切ってやる。必ずだ。お前を殺す男の名前を覚えておけ。俺の名は…

 フン。電動バイブの名前になど、何の興味も無い。お前が本当に狼と言うなら、飛び切りの大物の狼になるんだな。
 北欧神話の、神を食い殺す死肉の獣…。フェンリル狼の様に。じゃあね、色男。


ヤムチャの唇に自分の舌を挿入する18号。しかしヤムチャはその進入した舌を、思い切り噛み砕く。顔をしかめる18号。
 「痛ッ、貴様…。 フン、いいだろう。この傷は許してやる。今お前がアタシに与えられる傷は、この程度という事だ…」
残されたヤムチャ。たとえ一時でも、精神的に18号に屈服した己の無力さに号泣する。憎しみと怒りがヤムチャの全身を包む。
 「いいだろう、フェンリル狼とやらになってやる…。神を気取る貴様らを、必ず食い殺す…」

そして1週間後。 …数少ない生き残りである、ブルマ、トランクス、そしてピッコロが住むカプセルコーポレション社にて。
ここより、「フェンリル狼」と後に呼ばれる事になる、ヤムチャの復讐の幕が上がる。

                                          第2部「殺戮に到る情愛」へ続く。  
 

 


第2部 殺戮に到る情愛

 

タバコを蒸かしながら、ゆっくりとその生命維持装置に近づく。大振りな男が寝ている装置の、横の椅子に座る。
 「変わらないわ、全く。心臓は正常に動いている。他の心肺機能にも異常無し。生命活動だけは…、してるわね」
かつてのヤムチャの女がそう言った。昨日も一昨日も、そして1年前も同じ返事である。 …装置の男には寸毫の変化も無い。
 「それでいい。ただの肉塊だろうが、何の役にも立たなかろうが、死ななければ良い。心臓さえ動いてくれてればな」
ヤムチャは灰に変わったタバコの先を、装置の男の顔に擦り付け、先の炎を消す。そして吸殻を、装置の男の口へと捨てる。
 「止めなさいよ。彼は…、ピッコロは、医学的には脳死の状態よ。今の世界では死者と認定される。冒涜する様なマネは……」
 「ピッコロは死んじゃいない。今もここで戦っている。人造人間と。そしてそのお陰で、ドラゴンボールを使うことが出来る」
ドラゴンボール。この世界に存在する7つの球。ヤムチャは6つまで集めていた。後1つで、願いを叶える龍を呼び出せる。
 「なんの願いを叶えるの? ピッコロを元の健康な肉体に戻して上げるの?」
ヤムチャはピッコロの体を寂しげに見る。 …左腕と右足が、根元から絶たれている。全身は重度の火傷に犯されている。
 「コイツを元の体に戻した所で、またすぐ同じ状態にされるだけだ。いや、次は殺されるかな」
心でピッコロに詫びながら、敢えて残酷な言葉を選ぶヤムチャ。 …願いは一つしか叶えられない。間違いは許されない。
既に一度死んでいる悟空たちは、生き返らない。ならば、俺を更に強くするしか方法は無い。ピッコロでは最早、力不足なのだ。
 「変わったわね、ヤムチャ……。昔は明るかったわ。少し頼りなかったけど、優しかった」
ブルマは遠くを見る様に、視線を窓に移す。ヤムチャは自嘲する様に笑っている。しばらくの沈黙の後、ゆっくり口を開く。
 「優しいだけ、な。お前は結局、……俺を捨てて、アイツを選んだ」

重い沈黙が2人の間を流れる。もう10年以上経つ。笑って話せる思い出になっている筈だった。今の暗い世界で無ければ。
気まずい雰囲気のまま5分、10分と刻が流れる。お互い何も言わない。 …ちょうど2人が緊張に耐え切れなくなった頃。
 「あっ、先生だ。ヤムチャ先生、お久し振りですッ。今日の武道を教えてくれるんですか?」
2人を救う明るい声。絶望の時代に遭って、なお魂の輝きを持つ、人類の希望の少年。サイヤの王子の一粒種、トランクス。
だがヤムチャには、その明るさが眩し過ぎた。光が強いほど、影は暗くなる。自分の闇が耐えられなく感じてしまうのだ。
 「先生というのは止めろと言ってるだろう!! 俺はお前に武道を教えてるんじゃねえ、敵の殺し方を教えてるんだ!!」
いつもの人を寄せ付けぬ殺気さえも、トランクスの無邪気さの前では影を潜める。目を輝かせてヤムチャを見るトランクス。
        ……ソンナ目デ俺ヲ見ルナ。俺ハ返リ血ヲ浴ビ過ギタ。オ前ニ先生ト、呼バレル資格ハ無イ……
心で何かが叫ぶ。痛い。胸が痛い。毎晩見る悪夢の様に、彼の心を締め上げ続ける。 …イツマデ、俺ハコンナ生キ方ヲ…
その時。ドアをトントン、とノックする音が聞こえて来た。ブルマが入り口に客を出迎えに近付く。だがヤムチャが制する。
 「奥に隠れてろ、ブルマ、トランクス……。多分その客は、俺がセールスの相手だ」

ドアがギイ、と開かれる。そこには男が立っていた。 …背は高くない。小柄の方だ。髪は天に向かって伸びている。
だが目が異常に鋭い。体の周りから、周囲を圧迫するオーラが放たれたいる。 …ブルマは、その男を見て呼吸が止まる。
 「ここか。ドブネズミの隠れ家は。そこの男…、ヤムチャと言ったな。随分、我らの兵隊を殺してくれたらしいな」
ヤムチャ。その男を見て薄く笑う。ちょうど今、思い出していた所だ、アンタを。砂を噛む様な苦い思いと共にな。
 「随分と礼儀正しいんだな……。本物のアイツなら、ノックの度に家が無くなる所だ」
 「フン…。人造人間18号様に、無闇に人を殺したり、街を破壊したりする事は禁じられている」
人造人間18号が…。人を殺すな? 不思議な違和感を覚えるヤムチャ。だがそれも、湧き上がる怒りにかき消される。
 「おめでとう、死刑決定だ。本物のアイツなら、いつまでも人の下に甘んじているヤツじゃない。それを俺は…」
         …憧レテイタ。羨マシカッタ。デモ、俺ニハ無理ダッタ。孤独ガ怖カッタカラ…
そして窓の外を指差す。その先に、ちょうど人のいない渓谷がある。そこで戦うと言うボディアクション。そして言った。
 「てめえの存在は、アイツの気高い魂を汚す…。殺してやるぜ、クローンベジータさんよ…」

西の都、カプセルコーポレーションの10キロ先。険しい渓谷が連なる自然の闘技場で、ヤムチャの反逆の狼煙が上がる。


ヤムチャを睥睨する様な眼差しで、冷笑するクローンベジータ。お互いの間合いは約30メートル程。
遠くでブルマとトランクスが戦いを見守る。ヤムチャが連れて来たのだ。次代の戦士に戦いを教える為に。
 「フフン…。ここを死に場所に選んだか。センスが悪いな」
しかしヤムチャに動揺は無い。最早見切っているのだ。このベジータは、あのベジータとは全く違うと。
即ち、自分と闘り合える程の敵ではない。 …ベジータ、悔しいだろうな。こんなクズにDNA使われて。
 「あの程度の舞空術のスピードで、大した余裕だな。お人形さんよ。早くなれよ、アレに」
ヤムチャはクローンベジータを挑発する。だが、このベジータはアレ、という言葉の意味が分からない。
 「アレ? …フフン。恐怖で気でも狂ったか。ベジータ様に今から殺されるのだからな」
クローンの目が光る。両腕に気を集め始める。 …だがヤムチャは蔑んだ目で見る。気の収束が遅すぎる。
 「ハァ・・・ッ!! 死ねヤムチャとやら、ダダダダダダダダッ!!!!」
クローンの腕から、無数の閃光がマシンガンの様に放たれヤムチャを襲う。渓谷を削っていく気の乱撃。
しかしヤムチャは動かない。その場所から1ミリも微動だにしない。防御もしない。ただ立っているだけ。
クローンが肩で息をする。何百発、気を放っただろうか。攻撃を止め、砂埃りの収まるのを待つクローン。
 「遺伝子だけでは…、姿は真似出来てもヤツには成れねえ。スーパーサイヤ人にも成れねえクズが…」

目を見開くクローンベジータ。無傷のまま悠然と風に吹かれるヤムチャ。服すら無事のままである。
ガタガタ震えるクローンに近付いて行くヤムチャ。 …そして思い切り拳を打ち下ろす。
ゴロゴロ谷を転げ落ち、渓谷の一番下の平地まで落ちるクローン。目の前には広々とした大地が広がる。
 「終わりだな。覚悟を決めろ」
10メートル先に転がるクローンベジータに無慈悲で告げる。だがクローンは起き上がると、逃走を試みる。
ヤムチャは歯噛みしてその様子を見詰めている。既に数百メートル先を飛行するクローンベジータ。
 「ヤツはどんな相手でも、敵に背中を見せるなんてしなかった…。それだけは、絶対に許せない…」
ゆっくり右腕を天に上げるヤムチャ。4本の指をピン、と立てた手刀の形。そして全身の気を高め始める。
気で体中が眩しく光る。その光りが少しずつ上方へ。肩へ、ヒジへ、そして右手の手刀に集中する。
 「狼牙操気斬」
斬。目の前の空間に向けて、居合斬りの様に手刀を振り下ろす。腰を屈めて、体が小さく丸まる。
そして手刀の小指が、地面にほんの少し触れている。そこからピシリ、と地面が割れて行く。
そのまま稲妻の様に、地割れは彼方へ走って行く。天と地が交わる場所を目指して、一直線に。
空から鷹が螺旋を描いて、ゆっくり落ちてくる。途中でその鷹が、真っ二つに分かれる。全くの対照形で。
そして数百メートル先のクローンベジータから悲鳴が上がる。背中に日本刀で斬られた様なキズが浮かべて。
トランクスがその背中を見、次にヤムチャを見る。英雄を見る様な熱い眼差しで。
 (なんて凄い技だ、狼牙操気斬…。空を絶つなんて…。空間を裂くなんて…)

目の前には肉くれが転がっている。いや、もうすぐ肉くれになる、と言った方が良いか。その時は近い。
背中を一刀両断に裂かれた、ピンで標本に突き刺された、虫ケラの様に残酷な肉くれ。
クローンベジータ。 …気高いサイヤの王子のまがい物。人工培養で即席栽培された、安物の肉の塊。
 「クク…。神喰らうケダモノ、フェンリル狼か…。だが、この程度では決して神には届かない…。
  神と女神の前には、2人の黄金の騎士が立つ…。俺より遥かに強い、神守る戦士がな…。」
クローンはその言葉を振り絞ると、呼吸が薄くなって行く。 …気を溜めた左手を向けるヤムチャ。
ハッとした表情のブルマ。例えクローンでも、見てくれは昔愛した良人(おっと)なのだ。正視は出来ない。
その時。ヤムチャの左手を、必死で抑えようとする者が。 …トランクス。10歳の少年が腕に纏わり付く。
 「先生ッ、止めて下さいッ! いくら敵でも、クローンでも、人間ですよッ!!」
ヤムチャは、そのトランクスの言動に確信する。 …この少年は戦士にはなれない。優しく、穏やか過ぎる。
 「覚えておけトランクス…。人間を撃つんじゃない、標的を撃つんだ……」
次の瞬間、ヤムチャの左手から極大の気功波が発射される。まっすぐクローンベジータに向かい、爆発する。
クローンベジータ、絶命。

腰から上が粉微塵になり、完全に消失している状態のクローンベジータ。その場に泣き崩れるブルマ。
トランクスは下半身だけになったクローンの残骸に駆け寄る。 …そしてそれに抱き付き、大声で泣き始める。
何で殺した、殺す必要は無かった、人でなし…。 残骸に泣き付きながら、ヤムチャを罵倒するトランクス。
トランクスは父親のベジータと会った事は無い。だがDNAの奥の部分で感じているのだろうか。父親を。
 
 泣きそうな顔のヤムチャ。このままではこの少年は、人造人間に確実に殺される。こいつの方が強くとも。
 何故なら、この少年は、殺すより殺される方を選ぶ。間違い無く。優しく穏やか過ぎるから…。

 俺ハ、マタ…。地獄ノヨリ奥深クヘト…、堕チネバナラナイノカ。鬼畜以下ニ成リ下ガッテ。

泣いているトランクスの背後に近づくヤムチャ。気を込めた手刀を、まっすぐ少年の首に落とす。
肉体の自由が全く利かなくなるトランクス。 ・・・しかしその意識はハッキリと残っている。

 「全く使えないガキだ…。今からお前に教えてやる、戦士に一番大事なモノ…。憎しみをな!!」

そしてヤムチャはブルマの元へ歩き出す。血に飢えた狼の様に、凶暴な笑みを浮かべながら。

トランクスの目の前で、生き地獄が展開されている。目を背けたくても、肉体が言う事を利かない。
 「うわああああッ、お母さん、お母さん、お母さん、お母さんッッ!!」
母親は下半身を剥き出しにされ、四つんばいになりながら涙を流している。屈辱と悲しみの涙。
その四つんばいの母親の性器を、トランクスの尊敬する先生が、後ろから荒々しく貫いている。
ブルマは悲鳴を上げ続ける。痛みと屈辱。だがそれよりも、子供の前で犯され続ける激しい哀しみに。
 「どうだトランクス、母さんを助けたいかッ!! 無理だな、お前は大事な人間すら守れないッ」

顔と行為で暴虐を演じながらも、ヤムチャの心は潰れそうな程、痛く苦しい。張り裂けそうだ。
だが。鬼畜に堕ちてでも、この素質ある少年をキバを持つ戦士に…。人造人間を殺す刺客に…。
自分がもし殺されたら、残る希望はこのトランクスだけなのだ。その為には…。俺は何にでもなる…。

 「ガアアアアアアッ!! 母さんを放せッ!! さもないと、必ず殺すぞ、ヤムチャあああ!!」
   …イイゾ。大分良クナッテ来タ。ソノ調子ダ。コノ世で最モ強イ感情ハ、愛デハ無イ…
   …憎シミダケデハ足リナイ。愛ニ裏打チサレタ、憎シミナノダ。良シ、モウ一押シダ…
 「ガキが…。良く見ろ、これが嫌がってる女の顔か…? そら、これがお前の母さんの本性だ…」

ブルマの髪を乱暴に引っ張り上げ、下を向いたままで表情が見えなかった母の顔を子供に向ける。
そのこの世で一番愛する母の表情に、トランクスは愕然とする。今まで感じた事の無い絶望感が包む。
目が潤んでいる。唾液を垂れ流している。顔が紅潮している。何よりも甘い吐息を繰り返している。

 「女盛りが10年も、男を断ってきたんだ…。察してやれよ。なあ、孝行息子……」

トランクスに吼える気力はもう残されていない。目の前の成り行きを呆然と見届けるだけである。
やがて狂騒の宴は終わる。ヤムチャは目の前に、達したブルマを投げ捨てる。そして少年に微笑む。
 「楽しかったか、坊主…。良い勉強になっただろう? さあ、愛するママの所へ行ってやれ…」
トランクスの目が赤黒く濁っている。肉体が少しずつ動ける様になった来た。狂った様に叫ぶ。
 「殺してやるッッッ殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺すすすすすすうううううう!!!!!!」
ヤムチャの中で暴れるモノ。良心。その呵責が、ヤムチャを食い殺してしそうなまで膨らみ続ける。
 「いいだろう…。いつでも俺を殺しに来い。俺を簡単に殺せれば、お前は人造人間にも勝てる…」
そして2人に背を向け、歩き出すヤムチャ。睨み殺さんばかりの、強烈な殺気を背後に感じながら。

数百メートル先で。ヤムチャは胃の中の全てのモノを吐き下す。涙を流しながら、狂わんばかりに。
 (すまん……。ブルマ…。トランクス、人造人間を倒したら…、喜んでお前に殺されてやる……)

向かい合って立つ母子。虚ろな表情ながらも、母は気丈に息子を包み込もうとする。大いなる母の愛で。
 「ゴメンね……。トランク…んああああああッ!!!!」
突然、ブルマの下腹部に激しい痛みが走る。狂った様に叫び続ける美しい母親。息子は無表情のまま。
 …息子の右腕が、母の剥き出しになった性器の中へのめり込む。膣の奥まで達しても、なお止まらない。
そして膣の壁を破り、その向こうの内臓を掴み絞る息子。そのまま今度は逆方向へ一気に引き抜いた。
 「うがああがああごごげえええがああ!!!!」
もはや声に成らない叫びを上げる母親。体の中から性器を通じて、腸の一部が地面へ引きずり出される。
グルン、と白目になるブルマ。 …そしてビクビクと痙攣を始める。何故か冷笑を浮かべるトランクス。
その時。ブルマの口から、ある意外な言葉。 …トランクスはその言葉に、感情のリミッターが切れる。
近くにあった大石。その石を、母親の顔面にぶつけ続ける。何度も、何度も。ゴツ、ゴツ、ゴツ…。

数分後、完全な肉塊へと変化したブルマ。トランクスはようやく少し落ち着き、その肉を抱き泣き始める。
 「お母さん、お母さん、ゴメンよお、ゴメンよううう……」
そして。トランクスの肉体に変化が現れる。髪が逆立ち、金色のオーラに包まれる。スーパーサイヤ人、誕生。
トランクスを狂わせた最後の言葉。それは自分を殺した呪詛の言葉ではない。母親の、途方も無い愛の言葉。

  ありがとう……トランクス…。こんな時代に、私の子供に生まれてくれて…。本当に、幸せだった…。

この時より2ヵ月後。ヤムチャはついに最後のドラゴンボールを探し出し、神龍を呼び出す。彼の願い事。

  俺を…。なんの肉体の痛みを感じない体にしてくれ…。体だけでいい、心は痛みを感じるままで…。

                               第3部 「アヴェ・マリア」へ続く。 


 


【幕間劇 女神の宿業】

アタシは夢を見る。 …遠い日々の、懐かしい平和な日々の夢を。 …ふるさとの夢を。
小さな、本当に小さな……、何も無い町。大きなビルも、名のある企業も。ちっぽけな故郷だった。
でも。何も無いけど、何でもあった。温かい人々の笑顔や、大切な友達や、そして愛すべき家族が。
充分だった。何もこれ以上要らなかった。 …小さな田舎町だったが、「幸福」が溢れていた。
風は静かにそよぎ、木々は優しくささやく。森は大きく包み込み、鳥は楽しそうにさえずる。
アタシは世界を愛していた。この地上に生きる全てが大好きだった。世界もアタシを愛してくれた。
そんな優しく温かく……、今となっては残酷な夢。どんな力があっても帰れない場所の夢。

そんな小さな町の名家といわれる所が、アタシの生家だった。幸せな町の、最も幸せな4人家族。
町一番裕福で、働き者の父と母の、光に祝福された家。 …たった一人、弟は除いてだが。
ママは無愛想な弟をよく心配してたっけ。 ……今のアタシを知る者が聞いたら笑うだろうか。
「ママ」、などと。 …だがあの時のアタシは、良く笑い、良く喋り、良く転ぶ、普通のガキだった。
パパはママの心配を笑い飛ばして言った。 ……男は自分の速度で成長するんだよ、と。
ママの心配を余所に、アタシたち双子はすくすくと成長して行った。病気ひとつ無く、健康に。 
美貌に恵まれたからなのか、アタシたちの事は隣町、そのまた隣町でも話題になっていたらしい。
パパもママもそんなアタシたちを誇りに思っていた。アタシも思い切り、パパとママに甘えていた。
ママはレディの嗜みと言っては、色々なお稽古事をアタシに習わせた。ちょっと窮屈だったけど、
ピアノの腕がメキメキ上達していくのは、本当に嬉しかった。そしてそれを聞いて喜ぶ、ママの顔も。

 ……そんな幸せな生活に、ほんの少し影が差したのは、弟のあの事件だった。 

弟は子供の時から、「動くもの」に異常な興味を持っていた。 …いや、それは少し正しくないか。
正確には、「動くものを止めること」が好きだったらしい。いや、好き、という言葉は生易し過ぎる。
執着、と言い換えた方が良いか。兎に角、「止めている」時の弟は近づき難いものがあった。
5歳くらいの時から、森で昆虫を見つけては、手足をもぎとっては、ニタニタと笑っていた。幸福そうに。
そして最期には叩き潰す。 体汁にまみれて完全に「止まった」虫は、弟にエクスタシーを与えていた。
アタシはそんな弟に、生命の大切さや、弱い者へのいたわりを一生懸命教えた。拙い言葉だったが。
今……。アタシにはそんな事を言う資格は無い。体は汚れぬ所が無いほど汚れきっている。血まみれに。

弟の興味の対象は次第に大きくなっていた。虫から鳥へ、鳥から小動物へ。 …そして犬、猫へ。
そしてその日が来た。 ……アタシと弟の15回目のバースディ。一生殺戮に彩られる事を、約束された日。

食堂ではアタシの友達が沢山やってきた。それぞれ、心のこもったプレゼントを手にしながら、笑顔で。
それまでの幸福に満ちた日々の中でも、最も幸せな時だった。 ……その時までは。
ママは自慢の腕を久しぶりに振るっていた。いつも料理は、専属のコックがしてくれていたからだ。
天井まで届きそうな大きなケーキと、子供の誕生日には似つかわしくない豪華な料理。パパも微笑んでいる。
アタシは弟の部屋へ、笑顔一杯で弟を迎えに言った。 ……すごいケーキだよ。友達も一杯来てくれたよ。
弟の部屋のドアを開けようとする。だが、部屋の中からは妙な音がする。ギシギシ、ギシギシと。
ふと足元を見る。 ……ドアと床の隙間から、液体が流れてくる。紅い。そして温かく、生臭い。
震える手でドアを開ける。 ……これはただの赤いインクだよ。インク壺なんてこぼしてだらしないなあ。
必死にそう考えながら。ギ・・、と不気味な音を立ててドアが開く。いつも空け慣れたドアなのに。

弟がいた。今まで見た事も無い様な、幸せな顔を浮かべている。そうだね、今日はお誕生日だからね……
弟の下に、いつもアタシを世話してくれる優しい乳母がいた。乳母といってもまだ若い。22歳のはずだ。
だがいつもの優しい笑顔はそこにはなかった。目は見開かれ、口からは血を滴らせている。顔は真っ白。
そして。腹は縦一文字に鮮やかに裂かれている。内臓と鮮血の美しい赤が目に痛い。  コレハ・・ナニ?
弟は、その乳母の上で必死に腰を振っている。 ……よく見れば2人とも下半身に何も付けていない。
弟はゆっくり振り返る。そしてアタシに同じ顔を向けて言う。初めて見る、少年らしい、さわやかな笑顔で。

         「姉さん、今日は幸せだね……。ハッピー、バースディ!!!!!!」

その笑顔にアタシは確信する。弟は、生まれ付いてのカイラクサツジンシャ、と。
いや。その笑顔は全くアタシと同じものだ。鏡に映った自分を見る様に。 …アタシモナノカ?
弟はアタシから視線を外すと、また一心不乱に腰を降り始める。乳母の首を締め上げながら。
この時にアタシは確信する。 …幸福とか、良心とか、いたわりとか。そして生命の大切さとか。
そんなモノは一切の虚像であると。ただの幻想であると。パパやママは狂った様に泣いた。
弟は、悪魔に魅入られた、と。 ……しかしアタシは白けた目で、号泣するパパとママを見ていた。
   ……人間ハ、ミンナコンナ物。弟ハ、ソレニ人ヨリ早ク気付イタダケダ……

それから3年。アタシと弟は本性を巧みに隠しながら、最優等の成績でハイスクールを卒業した。
傍目には一見、非の打ち所の無い兄弟。だがその内に、おどろおどろしいモノを飼っている。
だが、それは貴様らも同じ事だ。善人ぶるな。そんなモノは薄皮一枚だけのものだろう。
だが。闇に紛れ、証拠無く殺人を繰り返す弟に比べ、どうしてもその一線が越えられなかった。
弟とアタシの「差」はどんどん開いていく。この「差」とは何の事か、アタシにも分からない。

そしてアタシと弟にとって、審判の日が訪れる。ドクターゲロがこの町を襲撃した日の事だ。  

ゲロの目的はアタシたちだけだったらしい。だがゲロは、圧倒的な力で町を破壊していく。
弟の目が輝く。弟は憧れてしまったのだ。その全てを焼き尽くす力に。自らゲロの前に立つ弟。
 「お前か。やっと見つけたぞ。もう一人の女の方はどこだ?」
弟がニヤリと笑った。お互いの目的が一致したからだ。だがアタシは怖かった。アタシは違う。
やっぱり、弟の様に完全には、恐怖も良心も捨てられない。 ……だって、人間だもの。
その日の夜。アタシと弟は廃墟と化した故郷で、ゲロに犯され続けた。使える穴という穴は全て。
アタシは初めてだった。死にたかった。だが弟は自らゲロに捧げていた。人以上の力を得る為に。

そしてアタシたちは人造人間となり、力の上では神となった。呪われた死神に。忌むべき破壊神に。
だが神となったはずのアタシの中で、捨て去ったはずの人間がいつも騒ぐ。死んで楽になれ、と。

眠りから醒める。 ……悪夢はまだ続いているようだ。
多くの人間がアタシにかしずいている。仰々しい玉座に座り、華美な衣装に身を包むアタシを。
人間どもがアタシを見て震えている。突然衝動が走る。 ……殺してやろうか。目に映るもの全て。
世の中に、最早アタシに対等に口を利く「人間」はいまい。  ………………………。いや。

いるな、1人。アタシのお気に入りが。だがあの男の牙は小さ過ぎる。だからアタシは与えてやった。
アタシへの憎しみをより強く。アタシを食い殺す程の狼、神喰らうフェンリル狼になる様に、牙を。
クソ小便に塗れた地獄の底から、アタシの神の玉座まで這い上がって来い。アタシを開放させる為に。

さあゲームを続けよう、神喰らう狼よ。お互いの全てを賭けた、最高の勝負にしよう。
ゲームが終わった後の、魅力的な褒賞も用意した。勝者にも、敗者にも。
勝者には、苦痛と汚泥に満ちた生を。 そして。 ……敗者には、開放と安楽に満ちた死を。 
そして願わくば……、このゲーム。勝者として生き残るのは…。
                                
                              お前だったら、アタシは嬉しいな。
                           
                             【第3部 アヴェ・マリア】へ続く。




【第3部 アヴェ・マリア】 
 



天界の神の神殿。ヤムチャが憎しみに満ちた目のまま、不敵に奇妙な姿の老人の前に立つ。神である。
 「痛みを感じない肉体を、神龍に願っただと?」
ヤムチャの目の前にいる「神」が眉を上げる。だが、神はその意外な言葉に眉を上げたのではない。
目の前のヤムチャが余りにも、自分が記憶していたその姿と違うからだ。その変容振りに驚愕を隠せない神。
勿論、下界を見下ろしている時に、この男の戦い振りは目にしている。 …まるで鬼神の如く、殺し尽くす狼。
人造人間の側に立つもの達を、この男は情け容赦無く皆殺しにして行った。クローンも人間も分け隔てなく。
 …例え、それが家族や自分の命の為に、仕方なく人造人間側に与している者でも、全く手加減せず。
彼の通る前には、多くの軍勢が常にあった。そして彼の通った後には、ペンペン草一本残らない、殺戮の痕。
昔のヤムチャを知るものには信じられないだろう。最早、彼が殺した人間の数は4ケタに達するのでは無いか。
 (あの人造人間17号と何ひとつ変わらないでは無いか、ヤムチャよ……)
神は痛切にそう思うが、言葉にする事は無い。 ……最早、神とはこの天高くにいる自分を指すのではない。
地上の豪奢な王宮に住む、若く美しい2人の双子を指すからだ。

 「例え神龍に人造人間の抹殺を願った所でムダだろう? あいつらはアンタの100倍は強えからな」
ドラゴンボールは、作成者の「神」以上の力を必要とする願いを、叶える事は出来ない。決して万能ではないのだ。
ささくれ立った心をそのまま声に出したように、攻撃的に神に吐き捨てて言うヤムチャ。猫の仙人・カリンが諌める。
 「ヤ、ヤムチャ、神さまに向かってアンタとなど……、昔のお前はそんなんじゃ」
ヘッ、神ね。 …そう一言自嘲気味に言うと、ヤムチャは懐からタバコを取り出す。タバコの箱の、銘柄を見る。
 …ふと動きが止まるヤムチャ。そして、タバコを1本だけ箱に残し、残りの十数本のタバコを空から投げ捨てる。
もし、タバコの影響で、戦闘の最中にほんの少しでも判断が鈍ったら。 ……通常の人間の戦いなら、影響は無い。
だが自分と人造人間たちとの戦いは、0.001秒でも判断が狂えば死ぬ。 ……そういうレベルの戦いなのだ。
1000分の1秒のレベルで命を削り合って戦っているのである。 ……そしてこれから益々、戦いは激しくなる。
もうタバコは捨てよう。箱に残った最後の一本だけを残して。残ったこの最後の一本を喫う時は……。
人造人間を倒した時か、もしくは俺が死ぬ時だ。 ……大切に取っておこう。この一本を喫える時を楽しみにして。

ゆっくり顔を神とカリンに向けるヤムチャ。 ……その顔を見て、ビクリとする2人。もう生者の顔では無い。
死神に魅入られた、いや死神そのものの顔である。寒気の走る2人。死神が神と仙人に静かに言う。
 「頼んでおいたブツは……。揃えてくれたかい?」

ヤムチャが頼んでおいたブツ。それは2つある。
ひとつは肉体のケガを、全て全快させる仙豆である。 ……カリンが持参したツボの中から、小さな豆を取り出す。
 「この3粒が最後の仙豆じゃ……。すまんのう、これだけで。あともう一つは」
神殿の奥から太った和服姿の男がやって来る。ヤジロベーである。その手に、クモの糸の様な薄く長い糸が巻かれている。
最初から、「ある」と知っていなければ絶対にあると分からないほど、細く、薄い糸。だがこれこそが。
 「宇宙で一番硬いカッチン鋼を、極限まで細く伸ばした鋼線だ……。界王様に頼んだ特別製の。お前の注文通りだ」
その髪の毛より細い糸を、思い切り引き千切ろうとするヤムチャ。だがその鋼線の強度は、ヤムチャの強力すら耐え切った。
 「合格だ……。いい秘密兵器になりそうだぜ」
ニヤリと笑い、礼一つせずに神殿を去ろうとするヤムチャ。その背後から、神が声を掛ける。険しく、責める様な声で。
 「あのブルマとかいう娘、死んだぞ……。お前の浅知恵のせいで。スーパーサイヤ人になった息子に殺されてな」
ずきん。ヤムチャの胸に激しい痛みが走る。視界がグルグル回る酩酊感が彼を襲う。だが彼はそれを外に出さず、神に言う。
 「そうか、俺の計画通りだな……。これで奴は甘さが消えて強くなった。スーパーサイヤ人とは、やりやがる」

神は飛び掛りたい衝動を必死に抑え、冷静を装う。だがその声は震えている。
 「殺されるぞ、お前は。あのトランクスとかいう息子に……。憎悪の塊になっておる。そう、お前の様にな」
 「そいつは良いな。俺を殺せるんなら、いつか人造人間にも勝てるだろう。俺が死のうが、それはそれで俺の計画通りだ」
 「堕ちるぞ。地獄の一番深い、光すら差さぬ冥獄へ……。永遠に苦しみ続ける事になる」
 「地獄なら10年前からクビまでドップリだ…。この世より辛い地獄があったら教えてくれよ、神さまよ」
そのヤムチャの言葉に押し黙る神。その最後の言葉に感じたのだ、どれほど悪ぶってても、ヤムチャの哀しみと辛さを。
 「もう会うことは無いだろう……。元気でな。18号の居場所を教えてくれてありがとよ」
静かに神殿から立ち去るヤムチャ。逃げる様に、今の自分の顔を見せない様に。神とカリン、ヤジロベーは無言のまま。

そして、ヤムチャと18号の運命の輪は、再度交錯する。

ヤムチャの胸は次第に鼓動が高まりだす。 ……18号。その姿を思い描くと、何故か冷静で居られない自分が居る。
いや。これはただの殺意と憎しみだ。それ以外に要因は無い。必死にそう思い込み、舞空術の速度を上げるヤムチャ。
近づきつつある目的地。鋭敏になる感覚。 ……いるな、奴が。18号だけでない。かつての友。最も戦いたくない男。
何も無い田舎町の外れ。天上の「神」が、下界を支配する「神の半身」の居場所を教えてくれた。そして、もう一人も。
風を切る様に空を進むヤムチャ。どんどん大きく感じていく、もう一人の男と、18号との宿命。 ……そしてついに。
目的地に降り立つヤムチャ。その男の気を間近に感じる。人造人間はどこだ? 人形の奴らの気を感じる事は出来ない。
そしてしばらくすると、やって来た。ヤムチャの最も古き友。 ……同胞(はらから)の中でも、特別な存在。
 「おめえが18号様の言ってた狼か……。強えんだってな、オラ、ワクワクするぞ」
屈託の無い顔でヤムチャの前に立つ男。一瞬、顔を歪めるヤムチャ。 ……心臓をワシ掴みにされた様に、哀しそうに。
    ……こころヲ揺ラスナ。目ノ前ニイルノハあいつジャナイ。敵ダ。イヤ、タダノ標的ダ、殺セ……

静かに構えを取るヤムチャ。腰を低く落とし、左の掌を大きく開いて前方へ。右手も腰に構える。そして気を高める。
そして敵の男も臨戦態勢に入る。肉体から、地球人以上の闘気が噴出してゆく。目に赤い光が灯ってゆく。
   ……ヤムチャ対クローン孫悟空、戦闘開始。


30メートル程の間合いがある。クローン孫悟空とヤムチャの距離がである。一般人なら遠すぎる間合い。
しかし彼ら超人にとっては、一呼吸持つか持たないかの距離でしかない。ニカッ、と明るく笑うクローン悟空。
次の瞬間、互いの間合いは消失し、全力で突き蹴りの応酬が始まっている。
1秒間でダースの単位の突きがお互いの間を交差する。 ……顔、胸、腹など、全ての部位が標的である。
蹴りも稲妻の様にお互いを削りあう。上段から下段まで全ての範囲を、一瞬おかず攻撃し合う両者。
しかし。少しずつ、片方が片方を圧倒し始める。ヤムチャがクローン悟空の攻撃を押し始めてきたのだ。
スピードもパワーも、全部。 ……ヤムチャにとってはまだ、肩慣らしの段階で、悟空は最早ついて行けない。
 「こんなもんだろうな、創りもんだとよ……。ダチを侮辱する様な格好しやがって。殺してやるぜッ!!」
ヤムチャが一瞬、後ろへ飛び下さる。間合いが10メートルほど開く。彼らにとっては無いも同然の距離。
しかしその一瞬の間に。ヤムチャは全神経の気を一気に高める事が出来る。 ……10年の憎しみの結晶。
 「狼牙……、風風拳ッ!!」
ヤムチャの拳足が、マシンガンの様にクローンを襲う。ただの、いや昔の風風拳ではない。全て急所を狙い。
顔面の急所である、目玉・鼻骨・コメカミ・下アゴ。更に胴体の急所である鳩尾、脇腹、金的、心臓。
手刀やコブシ、貫手、各種の蹴り。恐るべき正確さとスピードと威力で、クローンの生命力を削っていく。
 「悟空もベジータもなあ、遺伝子情報だけで全てを手の内に出来る様なヤワな連中じゃねえんだよッ!!」
ヤムチャの余りの攻撃の威力に、クローン悟空の肉体が空へと舞い上げっていく。空中まで追撃するヤムチャ。
そして数十メートル上空で、思い切り地上に向けてクローンを叩き落す。一直線に墜落していくクローン。
 「ヘッ。案外早く済んだな。たった3粒しかない仙豆が、節約できて助かったぜ……」
だが。クローンが大地にめり込んだ大穴が、金色に輝き始める。そして、静かにその金色が空に浮かび上がる。
まるで今までのダメージなど無かった様に、ニヤリと笑うクローン悟空。黄金に輝きながら。
 「そうか。遺伝子操作か何かで、それにもお前はなれるのか……。面白え、スーパーサイヤ人ッ!!」

フッと目の前のクローン悟空が消える。 ……ヤムチャの目で、まるで捉えられない動きである。
次の瞬間、衝撃を受けるヤムチャ。全く自分で気づかぬ内に、空高く吹き飛ばされている。
 (バカな……いつの間に、俺は攻撃を食らったんだ?)
その疑問すら頭を過ぎっている途中で、再度クローンの攻撃が彼を捉える。腹にめり込む突き。
ミキリ、と肉体が悲鳴を上げる。ゴボッと大量に吐血する。手足がビリビリと震える。一撃で。 
 ……痛みを感じていれば、失神しかねないダメージ。だが今の彼は無痛体質になっている。
まだそのダメージは彼の闘志を奪えない。ガードを固めるヤムチャ。クローンは彼の髪を掴む。
そして思いっきり地上へ向けて投げ付ける。 ……激しく地上に叩きつけられ、もがくヤムチャ。
 (肉体のレベルが違いすぎるぜ……。これが、スーパーサイヤ人かよ、ふざけやがって)
叩きつけられた地上のヤムチャに、雨アラレと「気」の光弾が振ってくる。必死に避けるヤムチャ。
これを食らえば、致命傷になりかねない。 ……やがて攻撃が止まる。見下した笑みの悟空。
その時ヤムチャは確信する。やはりコイツは違う。本物の悟空は、闘いの最中、そんな笑いはしない。
 (そうか……。やっぱり強いだけ、か。決してあの悟空じゃない。 ……だったらイケるぜ)
孫 悟空という男の本当の強さ、恐ろしさ。それは決してスーパーサイヤ人になれる事だけではない。
闘いの中で、自分を進化させる柔軟性が悟空の強さ。このクローンの様な力押しだけの男ではない。
ヤムチャは不敵に笑いながら、遥か上空から見下ろすクローンに叫ぶ。
 
 「オイ……。確か本物は地上戦の方が好きだったぜ? どうだ、地上で肉体のみの決着ってのは?
  気だの空中戦だのは無しで、すっきり勝負を決めようや」

地上に降りてくるクローン悟空。余裕の笑みを浮かべて。 ……それを見てヤムチャは思う。
 (やはりな……。こいつは悟空のセンスはあっても、決して戦い慣れちゃいない)
本物の孫悟空は戦い続けてきた。そして大いなる経験値を得て、スーパーサイヤ人となった。
その経験がこの人形には無い。ただ遺伝子を小賢しく操作して、形だけ変身しただけだ。
 (だが俺は違う。この10年間、ずっと地獄で鍛えて来た……。俺が勝つぜ、悟空……)
地上で見合う2人。クローン悟空が嘲る様に言う。 ……身体を金色に光らせながら。
 「オラと気を使わないで地上で勝負? 勝てると思ってるのか、おめえ?」
そして猛然と攻撃を始める。 ……だが今度の動きは、見えた。ヤムチャは攻撃を捨てている。
全て自分の力を防御のみに注ぎ込んでいるのだ。自分の攻撃はほんの一瞬で良い。それまでは。
この、嵐の様な攻撃を耐えなくては……。クローン悟空が狂った様に連激を重ねる。
ヤムチャは亀の様にガードを固め、必死で耐え凌ぐ。だが、スーパーサイヤ人の攻撃である。
ガードの上からでも絶望的な威力で、ヤムチャの肉体を削っていく。だが、ヤムチャは笑う。
 (いいぜ、調子に乗れ……、俺は死ななければ良い。最後の攻撃を出来る力さえ残ってればな)

何百発拳が叩き込まれたのだろう。ヤムチャの肉体はボロボロである。しかし、クローン悟空も。
目に見えて拳速が落ちてきた。 ……ヤムチャはニヤリ、と笑う。やはりこいつは偽物だ。
本物のアイツは普段はアホだが、戦闘は天才だ。こんな力押しのペース配分は絶対にしない。
そして初めて、クローン悟空の動きが止まる。ヤムチャの目が光る。ここだ。この一点。
ここが唯一逆転可能なポイント。 ……ヤムチャは額に全ての気を集めて、その技名を叫ぶ。
 「技を借りるぜ、天津飯ッ! 太陽拳ッッ!!」 

閃光が眩しく辺りを包む。一瞬、我を忘れて目を瞑るクローン悟空。ヤムチャは瞬時に動く。
懐から、先ほど「神」に貰った鋼線を取り出す。そしてクローン悟空の背後に回り込む。
シュルッ。衣擦れの様な音がした後、クローン悟空の首に蜘蛛の糸の様なモノが巻き付く。
そしてそれを短く手繰り寄せ、思い切り左右に引っ張り上げるヤムチャ。鋼線の首絞め。
 「き…、汚ねえ、ぞ……。気は使わねえって…。肉体だけで決着…を付ける…って……」
ギリギリとクローンの首に食い込む鋼線。鋭い糸は首にめり込み、既に肉体と一体化している。
 「甘いんだよ。そこだけは本物と同じだな。 …綺麗も汚いも無い、殺し合いなんだよ」

必死に暴れ回るクローン悟空。だがヤムチャもその腕を決して放さない。この糸が生命線である。
急激に気を高め、その力で鋼線を焼き切ろうとするクローン。だがそうはさせじと、ヤムチャ。
思い切りクローン悟空の後頭部に、頭突きを見舞う。勿論、首への力は緩めない。ガツン、ガツン。
 「痛み」というリミッターの外れた男の頭突きである。自分の命をそのままブツけているのだ。
次第にクローン悟空の力が弱まっていく。 ……ついに、金色の輝きすら消え、通常の状態に戻る。
必死で首を掻きむしるクローン悟空。頚動脈が自らの手によって傷つき、ドクドクと血が溢れる。
だらん。クローン悟空から完全に力が抜ける。それと同時に異臭が漂う。 ……脱糞と放尿。
窒息死したのだろう。だがそれでもヤムチャは力を緩めない。相手はクローンとはいえサイヤ人だ。
俺たちとは違う。 ……思いっきり全ての力を糸に込めるヤムチャ。シュピンと金属音がした。
そして手応えが無くなる。 ……今までいびつな円を描いていた鋼線が、一直線になっている。
ゴロン。 ……次の瞬間、クローン悟空の首は下に転がる。あるじを無くした胴体は寂しそうに佇む。

ヤムチャは荒い息を整えながら、仙豆を飲み込む。残り二粒。そして悟空の人形を一顧だにせず、
18号が居るという、教会の聖堂へと歩き出す。

廃墟と化している小さな町がそこにはあった。人は数える程しか住んでいない。数少ない住民たちも、
何かに怯えている様に、余所者であるヤムチャに関わろうとしない。だが彼らから教会の場所を聞き出し、
ヤムチャは目的地の教会の聖堂へと向かう。
その小さな町から、少し離れた小高い丘の上に、その教会はあった。立派といっていい。廃墟の町からは、
想像もつかないほど清潔に保たれている。その教会の正門を、ヤムチャは静かに開ける。
教会の中の造りは華麗な物であった。麓の町が廃墟と化す前は、信心深い者達で溢れていたのだろう。
静かに中心部へ歩を進めるヤムチャ。聖堂へ向かう廊下にも、アンティークの上品な調度品が飾られている。
無論、ヤムチャにはそんなものは興味が無い。人間が信じる神の力など、たかが知れていると思っている。
フン、下らねえ……。貴様らが信じている神と、全く違う姿の神と、俺は実際に会っている。天上でな。
だがその神の力など、地上にいる、神気取る美しく残酷な帝王と女王に遠く及ばない。 …神に頼るな。
信じられるのは、己の力と牙のみだ。人造人間に祈りを捧げた処で、死の来訪が早まるだけだ……。

ヤムチャは聖堂の前に立つ。ギイィ、と最後の聖門を開ける。そして中を見渡す。一瞬、美しさに息を呑む。
高いドーム型の天井には、精密で華美なレリーフが彫り込まれている。
そしてそのすぐ下。七色に絢爛に輝く、色鮮やかなステンドグラスが何枚も贅沢にはめ込まれている。
中央祭壇の前には聖櫃が飾られ、その後ろには救世主を抱く聖母の彫刻が神々しく輝いている。
そして祭壇の横には、数千本のパイプを備えた、最高級のパイプオルガンが鎮座している。見事な聖堂である。
だが、それ以上にヤムチャの視線を捉えて放さなかった美しい存在。 ……それは1人の女性であった。
祭壇の聖櫃の前で、ボンヤリと聖母の像を眺めている、1人の美しい少女。 ……人造人間18号である。

 「やっと会えたな。この10年、特にアンタに会ってからの2ヶ月は、ずっとアンタの事ばかり考えていた」
心の動揺を隠す様に、ヤムチャは18号に声を掛ける。 ……まるで一幅の絵の様な幻想的な美しさである。
教会の荘厳な雰囲気。七色のステンドガラスから降り注ぐ寂光。その光を浴びて、18号はきらきらと輝いている。
 「子宮が喜ぶ様な事を言ってくれるな……。腕はともかく、女の口説き方は上手くなったらしい」
静かに振り返って笑う18号。 ……ダメだ。見るな、あの顔を。溶けてしまう、俺が10年育てた何かが。
 「ここで懺悔の告解(告白)でもしようっていうのか? 神様気取りのお前が……?」
わざと攻撃的に吼えるヤムチャ。その問いに、18号は笑って応える。まるで聖少女の様に、優しげに。
 「フン、一ヶ月は懺悔しないと、アタシの罪は告解出来ないだろう。それにもう地獄に指定席は用意されてるよ。
  アタシもお前もな。別に祈りを捧げている訳じゃない。神なんて信じちゃいないしな。だけどここは……」
 「黙れ……!! 何人もの人間を殺してきたくせに……。始めるぞ、ここで。決着を付けようや」
 「アタシは7年前から人は殺しちゃいない……。10年前、ソンゴクウたちを殺したのも全員17号だ……。
  だからといって……、許されるなんて思っちゃいないがな」
そう言いながら、静かに視線を聖母像に戻す18号。美しさよりも、どこか儚さを感じてしまうのは何故だろうか。
 「お前が戦わないのなら、俺から仕掛けるぞ……」
ゆっくり身構えるヤムチャ。だが18号は小揺るぎもしない。静かに顔をヤムチャに向ける。2人の視線が絡む。
 「ここは大切な思い出の場所なんだ……。ここをお前の血や精液で汚したくは無い……」
その精液、という言葉に2ヶ月前の屈辱が甦る。だが下半身はあの快楽を思い出し反応する。それを否定する為、
18号に突進しようとするヤムチャ。だが18号は静かにそれを制する。哀しそうな瞳で。
 「ここは家族との……。ママとの思い出の場所なんだ。ここで戦うのは止めてくれ。頼むよ……、ヤムチャ」

肉体が金縛りにあう。ヤムチャ。そう18号が俺の名を呼んだ瞬間に。嫌な気分ではない。
いや、まるで全身を優しく愛撫された様な、甘い束縛。魂が抜けていくのが分かる。
 (悪魔、いや魔女め……。こんな事で、俺の10年間の憎しみは)
だが肉体は動かない。18号はゆっくりと聖櫃の脇にあるパイプオルガンの処へ行く。
 「ありがとう、ヤムチャ……。ママの聖地を血で汚さないでくれて。お礼をするよ……」
静かに、そしてたおやかに。18号の白く細い指が、パイプオルガンの鍵盤を撫ぜる。
オルガンは金属質の、幻想的な音を奏で出す。聖堂に反響する美しい音色。それが創る旋律。
18号はその旋律に合わせ、美しいソプラノの美声で歌い出す。神々しいほど真剣に。

    アヴェ・マリア 御母よ  祈る我を哀れみ給えや
    苦しむ心に信仰と希望を  苦しみ耐えし御母よ 哀れみ給え
    我が苦しみ 我が涙を   顧み給えや アヴェ・マリア
    祈り願う我 哀れみ給え  おお我が御母よ 苦しむ心に光を 
                            アーメン

ヤムチャはいつのまにかボロボロと涙を零していた。 ……歌い終わった18号が微笑む。
 「この歌は……。ママがアタシに毎日聞かせてくれた歌だ。アタシが最も幸せだった頃に」 

 ママ……? 殺人鬼のお前に、家族などいるのか……。フン、今日はママとやらに免じて止めてやる……。

 フン、可愛いな、お前は……。だが、殺人鬼とだけは言われたくは無いな、お前には。同類だろうが。

 何を言ってやがる、散々人間を殺しておいて。お前も、あの17号って奴も、神気取りの……!
 
 アタシはもう殺しはやってない。お前と違ってな。だが弟は殺人中毒者だ。もう誰も止められん……。

 俺が止めてやる。お前もあの17号とやらも一緒だ、必ず殺す。辿り着いてやる、必ずお前の場所まで。

 フ……。いいだろう。だが、アタシと弟は違う。それだけは覚えておいてくれ。何より弟と違うのは……。
 アタシは……。フン、敵に口にする言葉では無いな。いいだろう、馴れ合いはこの時で終わりだ。

静かに聖堂を去ろうとする18号。ヤムチャの真横を通り過ぎる。仄かな美香が香る。何故か動けないヤムチャ。
 「殺しに来るが良い、いつでも。だが……、この場で闘いを避けてくれて……。ありがとう、な」
そう一言言い残すと、静かに聖門を開け消え行く18号。ヤムチャはその背中に問う。自分でも意外な 質問を。
 「おい、最後に教えてくれ。あのお前が歌った曲は……。なんて言う名前の歌なんだ?」
小さく笑う18号。まだ見た目は10代の、普通の少女にも思える様な笑顔で振り返る。そして小さく言う。
 「アヴェ・マリア……。ママがアタシを昔、この賛美歌で祝福してくれた。アタシの大切な思い出だ」

                                   【第4部 妖星乱舞】に続く。



【幕間劇 お母さんとボク】
 
  「お母さんッ、お母さんッッ、ボクを置いていかないで、お母さん!!」
 暗闇の中で、必死にボクは声を出す。でもその声は決して誰にも届く事は無く、虚しく空に響き渡る。
 ボクは呆然と立ち尽くす。泣き顔のまま。そして両手を静かに開き、じっと掌の中の残り香を感じる。
 (お母さんの、匂いがする。強くて優しくて、でもどこか寂しそうな匂いが)
 一度だけ、ボクはお母さんが泣いた処を見たことがある。 ……そう。あの最後の時以外で、一度だけ。
 ボクはお母さんにギュッと抱き締められていた。そしてお母さんはギュッとボクを抱き締めていた。
 お母さんは泣いていた。    ……ごめんね。トランクス、ごめんね。母さんを許してね……
 ボクも泣いていた。お母さんも泣いていた。何時までも、ずっと。涙が枯れ果てて無くなるまで、ずっと。

 あれは2年前、ボクが8歳の時の事。ヤムチャ先生から武道の指導を受け始めてから、ちょうど1年目。
 ボクは1年間、一生懸命修行した。尊敬する先生の下、必死で。強くなる為に。誰よりも強くなる為に。
 ボクは、「さいや人」と言う、ちょっと変わった人間らしい。ボクのお父さんは、地球人じゃない。
 前にお母さんに聞いてみた。お父さんはどんな人だったの、って。お母さんは、静かに微笑んで応えた。
  「強くて厳しくて……。でもどこか、寂しそうな人だったわ」
 そう応えただけで、後は何も言わなかった。その時のお母さんは、とってもきれいで、哀しそうだった。
 ボクは誓った。絶対強くなるって。お父さんよりも先生よりも、そして人造人間よりも、強くなるって。

  「何度言ったら分かるんだ!! 笑うんじゃねえッ、こんな時代にヘラヘラ笑うんじゃねえッ!!」
 先生が怒鳴る。 ……ボクはその日、初めて「ぶくうじゅつ」で空を飛ぶ事が出来たんだ。
 嬉しくて、楽しくて。大声で笑いながら空中飛行を楽しんでいた。でも、ヤムチャ先生はボクを叱った。
  「てめえは俺が殺られたら、人造人間を皆殺しにしねえといけないんだッ! その日まで笑うなッ!」
 先生はボクをバチンと殴り飛ばす。ボクは必死で涙を堪えながら、笑いを押し殺す。2度と笑わぬ為に。
 でもボク間違っているのかなあ。先生みたいにいつも怒っているより、笑っている方が楽しいよ。

 お母さんに聞いてみた。ヤムチャ先生とボク、どっちが正しいのか。ボクは軽い気持ちだった。だけど。
 お母さんの目に、みるみる涙が溜まって来た。えっ、どうしたのお母さん。ボク、お母さんをいじめた?
 するとお母さんは、ボクをギュッと抱き締めた。大好きなお母さんのいい匂いが、ボクの体を包む。
 でも何で泣いてるの? お母さんはいつも強くて明るかった。それまで泣いた事なんて無かった。

    いいの。それでいいの、トランクス。間違っていないの。絶対、間違っていないの。
    笑える時に笑えるだけ、思い切り笑えばいいの。バカみたいに力一杯、思いっきり。
    こんな時代は、すぐに泣かなくちゃいけない時が、嫌でもやって来るんだから。    

 お母さんはそう言うと、また泣き始めた。ボクも何故か哀しくなって、わんわん泣き始めた。思い切り。
  ……ごめんね。こんな時代に産んでしまってごめんね。なんにも出来ない母さんを許してね……
 ボクは幸せだよ。お母さんの子供に生まれて。たとえ、怯えて暮らす生活だって、お母さんがいれば。
 だから泣かないで。ボクは世界で一番強くなるから。お母さんを誰からも守れるくらい、強くなるから。
 人造人間をやっつけて、お母さんが泣かずに毎日笑って暮らせるくらい、強くなるから。

 ありがとう……トランクス…。こんな時代に、私の子供に生まれてくれて…。本当に、幸せだった…。

 お母さんの最後の言葉が黄泉返る。お母さんは死んだ。ボクが殺してしまった。大好きなお母さんなのに。
 あの男のせいで、ボクは真っ白になった。そして気づいた時には、お母さんは最後の言葉を残して死んだ。
 なんで? ボクはお母さんの殺したんだよ? なのに何故、「ありがとう」、なの?
 ボクの体は金ぴかに輝いていた。力がどんどん溢れてくる。そして真っ黒なものが、ボクの心を包む。
 
 お母さんをこんな世界に閉じ込めた人造人間。 ……そいてお母さんをボクの目の前で苛めたヤムチャ。
 殺してやる。みんなみんな、殺してやる。   ……お母さん、お母さん。こいつらを殺したら。
 ボクは思いっきり笑っていいよね? 笑えるだけ、バカみたいに笑っていいよね、お母さん。

 だけどどうしてだろう。そのボクの言葉は、どこにも届かない。
   
                             【第4部 妖星乱舞】に続く。






【第4部 妖星乱舞】

 

目の前に、世界の中心に位置する王宮が建っている。世に住まう人々がキングキャッスルと呼ぶ場所。
だが、その威厳と華美に満ちた造りとは裏腹に、何か魔窟の様な禍々しさを発散している。
かつて世界の平和と安寧の象徴であった趣きは、今は完全に散華している。
この場所には魔王と魔女が住む。市井の人々は噂する。そう、いまや世界の帝王、いや神である2人。
人造人間17号と18号。 ……今やこの場所は、彼らの寝床と化している。

ヤムチャは正門の前に立っている。身じろぎもせず、自然体で、悠々と。
どうせ、いずれ発見され迎撃されるであろう。同じ事だ。ならば、真ん中からまっすぐ、堂々と行こう。
死ぬ時は死ぬ。 ……ならば悔い無き様に、正面から突破しよう。勿論、死ぬ時は奴らを道連れだ。
正門を抜け、長い渡り廊下を歩く。不思議な事に、全く何の攻撃も無い。勿論、城は無人ではない。
罠…?  衛兵の一人をぐいっと引き寄せ、口を割らせようとするヤムチャ。だが衛兵は幸福そうに笑う。
 「ケケケケケ。幸せでちゅ……。偉大なる人造人間さまにご奉仕出来て…。ヒャハハハハッ!!」
ヤク? 覚醒剤? フツフツと怒りがまた湧き上がる。人間を、ただの実験動物、いや玩具と思ってやがる。
おそらく、人造人間17号は、ただこの男が壊れ行く様子を見たかったのだろう。奴らに護衛など必要ない。
誰も奴らを倒せないのだから。いいだろう、その傲慢、今からブチ壊しにいってやる。
 …ヤムチャは自分で気付いてはいない。今、17号のみを憎んだ事を。この男を壊したのは、17号だけと。
18号は決してこんな事をしはしないと。無意識下で矛盾を孕むヤムチャの思考。だが彼はそれに気付かない。

王宮の中心に到達するヤムチャ。謁見の間。国王が民の具申を聞き入れる場所。そこに2つの玉座がある。
大振りのその玉座には、世界中から集められた宝石が、惜し気も無く埋め込まれている。王者の威風。
その一つに、玉座に不釣合いな少年が座っている。 ……だがもう片方の玉座には誰もいない。
その少年は人造人間17号。いまや世界の命運を握る神。17号の周りに、全裸の4人の女がかしずいている。
4人とも絶世の美女である。全員、金髪に強い眼光を持つ美女。 ……18号に4人ともどこか似ている。
金髪の美女たちは一心不乱に舌を使っている。17号の胸や股間、足の指を涎を垂らして夢中で舐めている。
その玉座の横に、犬が座っている。いや、よく見ると犬ではない。あれは・・人? 人を首輪に掛けている?
その姿に目を背けそうになるヤムチャ。腕のヒジから先と、足のヒザから先を斬り飛ばされた老人の姿に。
人犬、である。飼い犬の姿に人間の老人の顔。 ……だがその老人の顔に、ヤムチャはどこか見覚えがあった。

 「ようこそ。10年前の醜い生き残り。散々逃げ回っていたお前からここに来るとはな。歓迎するよ」
17号が玉座に座ったまま、傲然と言い放つ。明らかに蔑みの響きが含まれた物言いである。ヤムチャは言う。
 「お子様の趣味にしちゃあ、褒められねえな。なんだその女たちとワンコロはよ」」
17号は周りの金髪の女を、そっと撫でる。明らかにクスリ漬けしている。 ……胸がムカつくヤムチャ。
だが次の瞬間、ヤムチャは目を疑う光景に立ち尽くす。17号が、あっという間に女たちの首を刎ねたのだ。
 「アハハハハハ……。簡単に死んじゃった。いいな、人間ってのは壊れやすくて面白い。後、こいつはなぁ」
人間の老人の顔をした、地を這い回る獣の元へ移動する17号。美しい少年の、太陽の様に輝く笑顔。
 「知ってるだろ、ドクターゲロだ……。殺したいが、こいつの頭脳だけは使えるんでね。許してあげたよ」
犬の姿をしたゲロが、殺意に溢れた顔で17号の顔を睨め上げる。全く意に介さない17号。ヤムチャが訊く。

 「さっきの女たちみたいに……。遊び半分で、気が向いたら人間を殺してやがるのか」
 「何がいけないんだ? お前だって、虫を捻り潰す位の事はするだろう? 俺は神様だよ。何しても許される」
 「小僧、てめえ……」
 「感謝しろよ。俺がその気になれば、1時間で人間は絶滅するからな。1日5000人までに我慢してるんだ。
  狩場に獲物が居なくなったら、つまらんからな」
 「クズが……。何でも貴様らの思うように事が運ぶと思うなよ」
 「フフッ。この世は俺の理想卿だよ。俺と18号の為だけに存在する。全ての物は俺と姉さんのおもちゃ」

姉さん。 …18号の事をそう読んだ瞬間、17号の表情は激変する。先ほどまでの帝王然とした余裕が消え、
ヒステリックな子供の様な顔になる。そして足元のドクターゲロを、狂った様に蹴り続ける。
 「貴様があああッ!! きれいで清らかな姉さんうぉおおおおッ!! 犯したあああ!! 汚したあああ!!」
ゲロは体を丸め、必死に自分を守っている。17号もひと思いに殺さず、いたぶり続けるつもりなのだろう。
ギリギリの所で手加減している様だ。ゲロは血を流しながら、17号へ呪詛の言葉を吐き続ける。
 「何が清らかな姉さんだ……。あんな淫乱な女は、場末の商売女でも、そうはいやしないぜ……」
その言葉に動きの止まる17号。ゲロから視線を放し、ゆっくりヤムチャを振り返る。目が血走っている。
 「貴様……。まさか姉さんと…? 清廉で慈悲深く美しい、あの姉さんとおおおおおお!!!!」
 「ああ、最高の具合だったぜ、お前の姉さんは。あのカラダ知ったら、他のオンナはもう抱けねえ……」
 「きさまあああ!! 俺ですら姉さんとはしてないのにいいい!! 殺してやる、殺してやるぞおおお!!」

17号の指先から、光球が放たれる。小さな、10センチ大の玉である。さほどスピードも速くない。
だがヤムチャは言い知れぬ恐怖を感じ、その光球をすんでの所で避ける。光球は足元に落ちる。 ……すると。
急速にその玉は膨れ上がる。そして直径5メートル程まで大きくなった後、フッと消えて無くなる。
その後には、球状にエグり取られた地面が残った。爆発したとか、破壊したとか云うレベルではない。
その球状の部分が消失しているのだ。空間ごと無くなってしまったかの様に。恐るべきエネルギーの集中。
ゴクリと息を呑むヤムチャ。もし、今のをまともに食らっていたら……。だが彼も今や歴戦の強者である。
すぐに、揺れた心を修正する。今、俺と人造人間の戦いは、殺るか殺られるかだけだ。中間は無い。
天国の悟空たちに、いつか胸を張って報告出来る様に戦うだけだ。 …俺の行く場所は違う所かも知れないが。

 「そろそろ決着を付けようか。 ……神様ごっこは終わりの時間だ、小僧」 


静寂が2人の間を支配する。神と騙る者と、神喰らう狼を目指す復讐者。対峙する神と狼。先に沈黙を破ったのは、神であった。
 「姉さん……ヒャハハハッアアア!! ボクは姉さんを愛してるんだよ。けど姉さんは何でこんなクズなんかと……」
痛々しいまでの狼狽振りを見せる17号。目からボロボロ涙を零し、オペラの様に芝居がかった声で、実の姉への愛を朗々と唄う。
 「抱きたかったんだ子供の頃から。その横顔を見るだけで、ボクの体は熱くなったんだ。呪ったよ、この世の全てを。
  何で姉弟なんだって。無理やり押し倒したかった。自分のモノにしたかった。犯して犯して犯して犯して犯して犯して」
子供の様にうろたえる17号。そこには神の威厳も、帝王の威風も存在しない。まるで子供が手に入らない玩具を欲しがっている様。
だがその隙だらけの17号にも、ヤムチャは油断しない。一瞬でも気を抜けば死ぬ。その事を彼は知り尽くしているのだ。
 「いい加減にしろ、シスコンの神様……。不意打ちで殺るのは、俺の流儀じゃない。あの世に笑われたく無い奴らがいるんでな」
その言葉に正気を取り戻したのだろうか。ゆっくりとヤムチャを見る17号の顔に、最早動揺は無い。あるのは原始の殺気のみ。
 「殺る? 虫ケラが、調子に乗りやがって……。いいだろう。だが俺と殺る前に、相応しい相手と殺ってもらおう。ヒャハッハッ」
俺に相応しい相手…? またクローンか……? ならば良い。例えそれが誰であっても、それは俺の同胞(はらから)ではない。
俺の同胞は、遺伝子で再生できる様な奴らではない。なぜならば、俺の友は数多の戦いを潜り抜けた、本物の戦士だからだ。
いくら見てくれが一緒でも、それは悟空やベジータでは無い。魂篭らぬ人形に過ぎない。ならば誰が出てこようが、俺に動揺は無い。
 「クローンで俺の心を揺らそうってんなら、無駄な事だぜ。奴らは、俺の中にしっかりと生きている……。」
ククク、と17号は笑う。そしてゆっくりと右腕を上げる。それと同時、玉座の後ろの幕間から、1人の少年が現れる。目を瞠る狼。
 「バ…、バカな、まさか……。お、お前、こいつらの側に就いたのか……!」

 「ヒャハハハ!! どうした狼。流石の非情の貴様も、こいつには驚いたか……。こいつは3日前に我が王宮にやって来たよ。
  俺の部下最強の、ソン・ゴハンをあっという間に倒して、俺に挑みかかったよ。無論、簡単に返り討ちにしたがな。
  お前を殺したいんだとよ。その意気に感じて、寛大な俺は部下に加えてやったんだ。ウヒャヒャヒャハハハハハ!!」
ヤムチャと少年が見詰め合う。ヤムチャの目には悲しみが宿っている。少年の目には、憎しみの炎が燃え盛っている。17号は叫ぶ。
 「イッツショータ〜イムゥゥ!! さあ楽しませてくれ。そして悲しいドラマで泣かせてくれ。ヤムチャ、そしてトランクスッ」

 「どうしても俺と殺り合うのか、トランクス……」
 「先生らしくないですね……。おしゃべりの暇があったらかかってきて下さいよ。母さん犯した時みたいに、いきなりに……!!」
ボッ。少年の髪が金色に変わり、輝く気に包まれる。スーパーサイヤ人。その目は紅くギラつき、全てを憎む殺気に満ちている。
ヤムチャは逆に静かに気を落ち着ける。パワーや肉体強度では適いはしない。だが、自分には戦場を生き抜いてきた強さがある。
 「それになっただけで俺に勝てるつもりか……? 実践レッスンだ。俺を殺せるもんなら殺してみろよ。 ……親殺しが」

トランクスの顔の血管が膨れ上がる。怒りで全てを忘れた状態である。ヤムチャとの間合いは30メートル。ほんの1秒足らずで。
間合いが詰まり、トランクスは自分の怒りを具現化させた攻撃を、次々とヤムチャに叩き込む。無数の突きと数えきれない蹴り。
だがヤムチャはそれを冷静に捌く。確かにスピードはケタ外れだ。威力も、全ての攻撃が一撃必殺を秘めている。だが攻撃が幼い。
トランクスは怒りに狂い、全てテレフォンになっている。即ち、肉体の予備動作で、次の攻撃が丸わかりになってしまうのだ。
当たらない。焦るトランクス。次第に泣き顔に成っている。お母さんを、お母さんを……。そう唸りながら攻撃を続けるトランクス。
ヤムチャの心が、ミシミシと悲鳴を上げる。 ……自分は少年を強くするどころか、返って少年を弱くしたのではないか。

 「俺が何を教えた? 隙だらけだ、足元がお留守になってるぜ、トランクス……」
ヤムチャの反撃が始まる。打ち疲れのトランクスの太ももに、強烈なローキックが決まる。バランスを崩すトランクス。その顔面に、
切り裂く様なヤムチャのヒジ打ちが決まる。ザックリと裂けるトランクスの頬。ガラ空きになったボディにアッパーが豪快に決まる。
血を吐きながら、地ベタをのた打ち回るトランクス。おそらくアバラが何本かイッただろう。ヤムチャは追撃を緩めない。
 「そんなもんかットランクス!! 母親ブチ殺して得た力はぁあ!! ブルマも可哀想に、まったくの無駄死にだったなあッ!!」

ガシッ。ガシッ。倒れたトランクスに蹴りを叩き込むヤムチャ。顔面、腹、背中、首、頭、腕、足。体の全てを何発も、何発も。
 「があああああ!! 殺してやるうううヤムチャあああ!! 俺の力はこんなもんじゃないいいいいい!!」
その言葉を聞いてヤムチャ。フッと一瞬、微笑を見せる。だがそれはすぐに消え、トランクスの髪を握んで、彼を引きずり起こす。
 「だったら見せてみろよガキ……。お前の、ありったけの力ってヤツをよ」
そしてぶうん、と豪快にトランクスを投げ飛ばすヤムチャ。十数メートル吹き飛び、空中でキッと止まるトランクス。
広い謁見の間の空間ですら、この2人の戦いのフィールドには狭苦しい。17号はニヤニヤと笑っている。トランクスが叫ぶ。
 「受けてみろヤムチャ……。これがボクのありったけの力だああああ!!」
トランクスの肉体が黄金の球に包まれる。全エネルギーを開放した、凄まじい気の塊。そのまま、ヤムチャに向けて猛突進する。
 (それでいい、トランクス。俺よりも、誰よりも強くなれ。 ……憎しみのキバを磨き上げてな)
エネルギーの砲弾と化したトランクスが突っ込んでくる。だがヤムチャは避けようとはしない。拳を固め、全身の気を集めている。

 「うあああああああッッ!!」     「うおおおおおおおおッ!!」
2つの強大な気がブツかり合う。眩しい閃光が辺りを照らした後、2人のシルエットが浮かび上がる。ヤムチャとトランクスの。
ヤムチャの渾身のカウンターが、トランクスの顔面を貫いている。そしてゆっくりと、トランクスの変身が解けていく。
トランクスが気を絶し、地面に体を預ける。ヤムチャは静かに抱き起こし、残り2粒の仙豆の内の一粒を、彼に握らせてやる。
そしてそのまま、トランクスを謁見の間の外へ連れて行く。彼を安全な場所に置いた後、またヤムチャは戻る。17号の元へ。
パンパンパン……。17号の拍手が謁見の間に響き渡る。もう、この場所には17号とヤムチャしかいない。決戦の時が近づく。
 「大した強さだな、神喰らう狼……。だが何故だ? その力があれば、幾らでも好きなものが手に入る。俺に刃向かわなければ」
ヤムチャ。静かに目を瞑った後、ゆっくり戦闘の構えを取る。頭の中を、かつて天真爛漫だった頃のトランクスが思い浮かぶ。
 「余計なお世話だ小僧……。俺の大切なモノは、10年前にお前たちに全て奪われている……。それに」
 「それに?」
 「俺の命で、どこかの誰かの涙が…。笑顔に変わるんなら、俺にはそれで充分だ。さあ、決着を付けようぜ、神様よ」

 「この王宮内では狭すぎるな、貴様の処刑は。どうだ? 青空の下、ゆっくり殺しあうってのは?」
静かにうなずくヤムチャ。そして2人は王宮の天蓋を突き破り、空高く舞い上がる。太陽が鮮やかに輝いている。
空中で構えを取る狼。蔑む様に笑う帝王。 ……時が静かに満ちる。神騙る少年が邪悪な笑みを浮かべて言う。
 「紅く燃える太陽が輝く下……。オレとお前、神と虫ケラ……。決着を付けよう。どちらかが果つるまで」
 「……。いいだろう」
ダッ。 …狼が天を駆ける。まるで風を味方に付けた様に、颯爽と。だが神は怯まない。静かに構え、迎撃の態勢。
ヤムチャの廻し蹴りが17号を襲う。17号は右腕でガードする。その蹴りを止めず、後ろ回し蹴りに繋げる狼。
神はほんの少し前に移動して、打撃点をずらして対応する。そして前蹴りを放ち、ヤムチャを吹き飛ばす。
地面に向かい、まっすぐ蹴落とされるヤムチャ。だが、ダメージは浅い。 ……いや、自分から間合いを取ったのだ。
17号の蹴りを利用して。吹き飛ばれながら、かめはめ波の態勢に入るヤムチャ。そして地面到達と同時、気を放つ。
 「死ね、17号!! 波ッーーーーーーーー!!」
まっすぐ17号に向かって行くエネルギー弾。だが17号は身動きひとつしない。傲然とした微笑を浮かべただけだ。
神が爆風と白煙に包まれる。勿論、狼は戦闘態勢を解かない。静かに煙が引いていく。神は変わらぬ姿で立っている。
 「バリアーか……。通りで、簡単に喰らうと思ったぜ」
 「こちらこそお前を過大評価していた様だな。この程度の威力だったとは。生身で充分、凌げた様だ」

ヘッ。唾を吐くヤムチャ。 ……だがいける。勿論、確かに強い。攻撃力・防御力ともに完璧に近いレベルだろう。
だが技のスピードはそうでもない。むしろ、この前のクローン悟空の方が速い。 ……最悪、差し違えには出来る。
 「ヒャッハッハ。分かる、解かるぞ神喰らう狼。貴様が考えてることがな。貴様にポーカーは出来んようだなあ」
 「何……? どういう意味だ、小僧」 
 「本気な訳ないだろう、今の攻撃が。俺は神だぞぅぅう。虫ケラ相手に行き成り本気出すかよ、バ〜カバ〜カ」
 「面白え……。だったら本気出して見ろよ、シスコンの神さまよ」
 「そうだなあ。どこにしようかなあ。ね・え・さ・ん・の・言・う・通・り!! よし、お腹を攻撃ッ」
空中高くいた17号。それが目の前からフッと消失する。目を疑うヤムチャ。そして次の瞬間、17号が出現する。
 「バァ。ここだよ〜う、ヤ・ム・チャ、くん」
目の前。 …ほんの0.5秒ほど前、空中に居たはずの17号は、ヤムチャのほんの50cm先にいる。 …ズンッ。
ヤムチャの鳩尾に、鉄球が突き刺さる。まるで直近で、悟空のかめはめ波を受けた様な衝撃。アバラが軋む。
痛みを感じる肉体なら、失神していただろう。すぐにヤムチャはバックブローで反撃する。だが既に17号はいない。
しばらく辺りを見廻した後、空中で17号を発見する。ニヤニヤ笑っている17号。そして腕を大きく広げて叫ぶ。
 「愛しの姉さん……。姉さんを汚した害虫は、ボクが人犬にしてあげるよ。じゃあ、ポチ。 ……次は背中だ」
またもフッと消える17号。そして身を守るヤムチャの背後から、17号の蹴りが襲う。ゴロゴロ転がるヤムチャ。
 「ポチって名前は、エレガントな姉さんに相応しくないかなァ。ねえヤムチャくん、どんな名前にして欲しい?」

 「俺は狼だ……。犬っころと一緒にするんじゃねえよ、小僧」
 「よし。っじゃあ、決めた。お前の名前はウルフだ。でも姉さんにじゃれついたら殺すからなぁああァあ!!」

強え……。少なくとも、俺の3倍は軽く。パワーも、スピードも。戦闘能力が違い過ぎやがる……。
落ち着け。どんな強い奴にも必ず隙はある。いや、強い奴ほど、己の強さに溺れ易い。 ……お前以外はな、悟空。
ヤムチャの頭脳が、冷静に状況を把握する。 …奴は確かに最強だ。だが、それは飽くまで戦闘能力だけの事だ。
戦闘技術については、子供の喧嘩レベルだ。究極のパワーとスピードに頼り過ぎている。そこが奴の一つ目の弱点。
俺は最強ではない。 ……むしろ、Z戦士の中では最弱だった。だからこそ生き延びた。狼の用心深さと強かさで。

闘いは決して、数値だけでは決まらない。人生が才能だけで決まらない様に。 ……まずあのスピードだ。見切れ。
奴は只の超スピードだ。決して瞬間移動ではない。 ……確かに目では追えない速さだ。人造人間は気も発さない。
だが、物体が移動する際には、必ず空間が揺らぐ。揺らめく。 ……技が見えなくてもいい。来る一瞬だけ感じろ。
静かに目を閉じる狼。 ……獲物を体で感じるために、自ら視覚を閉じ、触覚に全てを注ぎ込む。

 「ククク。久しぶりの挑戦者と思ったら、1ラウンド持たなかったな。まあ、犬としてこれから生きるんだな」
フッ。 再度、超スピードで消える17号。 ……焦るな。しくじったら終わりだ。その瞬間だけ感じれば良い。
ゆらり。 ヤムチャの前の空間がざわめく。カッ。目を開くヤムチャ。17号の突きが鼻先を掠める。見切った。
信じられない、という顔の17号。肉体のバネを全て使い、下から思い切りボディへアッパーを突き上げる狼。
ぐふうッ。 完璧なカウンターに、吐寫物を吐き散らす17号。恐らく神になって以来、初めての大ダメージ。
ヤムチャは素早く懐から、細く輝く鋼線を取り出す。 ……クローン悟空の首を切り取った、ヤムチャの切り札。
クルクルと17号に巻きつき、肉と一体化する様に食い込んでいく。ヤムチャの腕の筋肉が膨れ上がる。
 「さあ、第2ラウンドのゴングが鳴ったぜ……。どうやら防衛は難しいかもな、チャンピオン」   

鋼線が意思を持つ蛇の様に、ミシミシと神の首に食い込んでいく。狼は背後から何発も頭突きを叩き込む。
うっすらと17号の首に血が滲む。ヤムチャの腕の筋肉が異常に盛り上がり、益々力が篭もっていく。
 「良く出来ているじゃねえか、小僧。そいつは血か? オイルか?」
頚動脈を断ち切る位では生温い。このままバッサリと首を切断する。おそらく、これが最大最後のチャンス。
だが。その狼の勝勢を嘲る様に笑う神。哄笑が虚空に響き渡る。
 「クハハハハ……。可愛いな、神喰らう狼。まさかクローンとこの神を、同じに思っていないよなぁ?」
プチン。 存外静かな音を立てて、2つに真ん中から切れる鋼線。ほんの少し血に塗れて。首を撫でる17号。
 「そんな細い糸で、人造人間の装甲を破れるとでも…? まあ、もっと太い綱なら、多少危なかったかもな」
ふっと17号の右足が消える。完璧な速度のハイキックが、ヤムチャの側頭部にクリーンヒットする。
地面に突き落とされる狼。神は追撃を緩めない。ヤムチャが地面に叩き落されると同時、背中に蹴りの一撃。
くはぁ。 大量に吐血するヤムチャ。17号は無理矢理、髪を?んで引きずり起こす。顔面へ更に一撃。
 「ラン、ランララランランラン♪ さて、どうしようかなぁ♪ そうだ、まずはこれだな!」
右手で首根っこを掴み、そのまま片腕で、ヤムチャを高く持ち上げる17号。そしてゆっくり左手が動く。
そのまま左手。ヤムチャの股間を捻りあげる。ヤムチャの陰茎を、そのまま無造作に千切り捨てる17号。
地面に落ち、胴着の下でビクビク血まみれで蠢く、ヤムチャの陰茎。 ……陰部をむしり取られたのだ。 

その光景から、目を背けるヤムチャ。もし、自分に痛感がまだ存在していたら、痛みでショック死を……。
 「ヒャッハッハ♪ 取〜れちゃった、取〜れちゃった♪ ヤムチャの○○○、取〜れちゃった♪」
上機嫌で笑う17号。まるで狂ったピエロの様に。だが、不意に哄笑が止まり、憎悪に満ちた目に変わる。
 「こんなものがあああ! こんな汚らしいモノがああ!! 清らかな姉さんの中にィィいいい!!!」
無我夢中で、地面のヤムチャの陰茎を踏み潰す17号。何度も、何度も。ヤムチャはそれを見て確信する。
 (そうか…。こいつぁ、ただの快楽殺人者じゃねえ……。誰でも持っている子供の無邪気な残忍性が、
  極端に肥大化してやがるんだ。究極のパワーを得た、大人の今でも。ガキのままで……。)
立ち上がるヤムチャ。そして陰茎に気を取られている17号から、静かに距離を取る。右腕に気を集中する。
 「操気弾……、極(きわみ)ッ!!!」 
ヤムチャの腕から、8発の操気弾が次々に発射される。ようやくヤムチャの攻撃に気が付く17号。
 「遅えッ!! バリアーを使う暇も与えねえッ!!! この操気弾の8連激を受けてみろッ!!」
一瞬の間を置かず、17号に襲い掛かる操気弾。まるで意思がある様に、ヤムチャの命令に従って。
だが17号はピクリともその場を動かない。痴呆の如く、立ち尽くしたまま、されるまま攻撃を喰らう。
8発の操気弾の爆発が終わる。全て確実に命中した。グラリ。ヤムチャがふらつく。ダメージは大きい。
 「何か勘違いしてる様だな、俺とお前の実力差を……。油断と思ったか? 余裕だよ、虫ケラ」
17号が爆風から姿を現す。ほんの少し衣服が破れた程度。ヤムチャ最大の攻撃が、全く通用していない。
 「これから先はただの殺戮劇だ……。それが終わった後、貴様は忠実な犬となる」

17号が突進する。ヤムチャの反応を大きく超えた速度で。気が付くとボディに拳が突き刺さっている。
がはッ。 再度喀血。だが17号は緩めない。大降りのパンチを振り回し、ヤムチャの命を削っていく。
 (こいつ、サディストだな……。気功波で遠くからダメージを与えるより、殴り殺す方がお好きか)
ボンヤリとそんな事を考えるヤムチャ。 ……ヤバい。意識がブラックアウトしていく。痛覚が無い分、
「気が付いていたら死んでいた」、という事に成りかねない。急いで懐から、最後の仙豆を取り出す。
だがそれより早く。17号がギリギリとヤムチャの左腕をねじ上げる。力を込める17号。  ぶちん。
ヤムチャが地面に倒れ込む。だが左腕は、17号の手元に残ったまま。 ……腕をねじ切られた。
左腕はヒジの辺りから、きれいに無くなっている。そこから大量の鮮血。最後の力で仙豆を飲み込む狼。
体力とケガはなんとか全快する。 ……だが、むしり取られた陰茎と左腕は、元には戻らない。
 「どうした狼? 全く歯が立たないな。それで、そんな力で、よくも姉さんをぅおおぅおおおおお!!」
ガシガシとヤムチャを蹴り上げる17号。だがヤムチャは、17号の体を掴んで立ち上がる。
 「見苦しいな……。潔く死ぬか、犬となって生きるか、さっさと決めろよぅううう!!」
ヤムチャを自分の体から無理矢理ひきずりはがし、何度も殴り続ける17号。だがヤムチャは離れない。
 「おい。いつまでまとわり付くんだ、死に損ないが。何度立ち上がっても、勝てる訳ねえだろうが!!」
メシリ。 17号の渾身の拳がヤムチャに突き刺さる。明らかに動揺し始める17号。だが、また。
 「まだ立ち上がるのか……。何故だ? 勝てない事くらい分かるだろうがぁああ!!」
ヤムチャは歩き近づいていく。一歩一歩、17号の元へ。17号は金縛りにあった様に動けない。
ヤムチャの拳が17号の顔面を捉える。だが17号は全くのノーダメージ。肉体的には。だが、精神面。
 「何故だ……。何故ボクのパンチで倒れない? ボクより強いのは、この世で姉さんだけだぞぉおお」

 (例え俺が死んでも。 ……俺の命で、どこかの誰かが笑えりゃそれで良い)
ゆっくりと歩を進めるヤムチャ。目の前の17号を目指して。確かにお前は強い。勝てないかもしれない。
 (だが、例え一太刀でも与えられれば……。いつかお前と闘う、トランクスが楽になる)
目の前の17号は動けない。何かに怯える子供の様に。 ……そうだ。こいつの最大の弱点。それは……
 (お前は今まで負けた事がねえ。恐怖すら感じた事が無いだろう。だが、俺はいつでも負けてきた)
天下一武道会。サイヤ人来襲。そして10年前の人造人間の事件。何度も何度も負けてきた。だからこそ。
 (ただ一人生き残って、今お前の目の前に立っている……。さあ、ケリをつけようや)
ヤムチャは歩く。ゆっくりと、踏みしめる様に一歩一歩。17号は怯えている。そのヤムチャの気配に。
          最強の人造人間が、最弱のZ戦士に気圧されている。
勿論、ダメージ差は比較にならない。だが確実に、圧しているのはヤムチャである。17号が震えて叫ぶ。
 「何故だ、お前は何故、そこまでボクに歯向かうんだ……。何故ボクのパンチで死なないんだ!!」
狂った様にヤムチャを殴り続ける17号。だがヤムチャは倒れない。17号の前で仁王立ちしたまま。
 「どうした、腰が引けてるぜ神様……。そんなパンチじゃ、虫ケラだって殺せねえよ」
 「ひゃああああ……。怖いよう姉さん、この人死なないよ、倒れないよう」
 「倒せねえよ、てめえ如きガキじゃあ……。小僧とは違うんだよ。 ……背負ってるもんがな」

17号の目の前に死神が立っている。自分より遥かに弱いこの死神に、自分は殺されかかっている。
いや、そんな筈は無い。俺は神だ。こんな所で死ぬ訳は無い。その証拠に、何も肉体にダメージは無い。
フッと目の前の死神を見る。左腕を無くした、片腕の状態。 ……そうだ。右腕も無くなればいいんだ。
ガシリと、ヤムチャの右腕を掴む17号。再度彼に余裕が戻る。このままこっちの腕も千切っちゃえば。
 「ひゃはははは。 …狼、よくやったがこれまでだ。俺は今から、お前の残った右腕を引き千切る。
  次は両足を切断してやる。ダルマさんだ♪ も〜うな〜にも出ッ来ないダルマさん♪」
先程の泣き面が消え、上機嫌に歌う17号。勝利を確信して唄う歌。だが、ヤムチャはニヤリと笑う。
 「やっと来てくれたな、俺の間合いに。捕まえたぜ、17号……」
 「な、何を言ってるうう。両腕塞がれて、一体何をするつもりだ。ひゃは♪ 蹴りなど通じませ〜ん」
 「忘れるな……。俺は狼だぜ、17号。狼の武器は決まってるだろう……」
くわあ。 ヤムチャが大きくアギトを開く。その口から牙が煌く。17号は予想外の攻撃に立ちすくむ。
噛み付き。 狼の牙が、17号ののど笛を襲う。牙がギリギリと頚動脈に食い込む。血が滴り落ちる。
 「バ、馬鹿な、そんな攻撃が……。狼…。神喰らう、フェンリル狼……」

ヤムチャは残り全ての力と、気と、命を全て牙に注ぎ込む。だが相手は人造人間の装甲である。牙が軋む。
だがヤムチャの執念は、更に17号の肉体に深く牙を突き立てる。頚動脈から大量の血が噴出す17号。
 「17号……、10年前の仲間の無念と、今まで虐げられた人間の痛みを、思い知れ!!!!」
ヤムチャの歯が、ぴきんと砕け散る。それと同時、17号の頚動脈周りの肉を食い千切る。狼の牙の勝利。
首周りを血で染めながら、ぺたんとその場に座り込む17号。もはや帝王の威厳は無い。泣き顔で訴える。
 「痛いよ、痛いよう。お兄ちゃん、苛めないでよう。ボク悪い子じゃないよ。勉強もいつも一番だし、
  家の手伝いだってしてる。お姉ちゃんだって、いつも褒めてくれるいい子だよ、だから苛めないで」
幼児退行。 ……極端に肥大化した自我と、それを支える強さがヤムチャに破壊され、幼児に戻る17号。
ヤムチャはその17号の頬を、優しく撫でて微笑む。
 「ああ、お前は良い子だ。勉強もいつも一番だし、家の手伝いもする。 ……だからもうお休み」
ヤムチャは、今まで頬を撫でていた掌を、ゆっくり17号の首口に持っていく。先程食い千切った場所だ。
残り全ての気を掌に集める。確かに外部の装甲は無敵だろう。 ……だが、壊れた場所から気を注ぎ込めば。
パッと周りが朱に染まる。ヤムチャ渾身のエネルギー波が、17号の内部に炸裂したのだ。
光が消えた後。バラバラになった17号の肉体のみが残った。ヤムチャはチラリと17号を見て、歩き出す。
 (あと1人。あいつは…、18号は……。きっとあそこにいる)
                              【第五部 アタシノナマエ】に続く。
     
                                 
 

【幕間劇 女神の告解】

ほんの、5分前。アタシの肉体に、妙な感覚が襲って来た。
まるで肉体の半分を引き千切られる様な、痛みと哀しみと、……そして開放感。
そうか。敗れたのか、弟が。死んだのだな。 ……どれ程離れていても、解かる。
双子だからな。同じ日・同じ時刻に生を受けた、同じ遺伝子を持った姉弟だから。
思えば、弟は異常にアタシに思いを寄せていた。姉と弟という関係以上に。
無理矢理、押し倒されたこともある。強引にアタシを抱こうとした弟。
だが。アタシが静かに弟の目を見返すと、何も出来なくなって、いつも泣き出した。
 「姉さんゴメンね。ボクは世界一姉さんが好きだ。ボクを嫌いにならないで」
まるで幼児の様に泣きじゃくる弟。 ……アタシには解かっていた。
弟は……、自分と同じ顔をし、女の体を持つ、目の前の自分を愛していたのだ。
完全なる異常自己愛者。それがアタシの弟だ。思えば、不憫な弟だったかも知れない。

そして。 ……来たか、とうとう。神喰らうフェンリル狼よ。
地獄の底の底から、アタシの偽りの神の高さまで。待ちかねたぞ、この2ヶ月。
……いや。正確に言えば、7年も前からか。アタシが人を殺せなくなった、あの時から。
そう、アタシは待っていた。お前を。神喰らう狼の存在を。

7年前。アタシが、破壊の神の力を手に入れてから、約3年経ったある日の事。
アタシと弟はその日もゲームを楽しんでいた。<人間狩り>という、狂ったゲームを。
その時のアタシと弟は、毎日毎日、狩った人間の数を競い合っていた。

  姉さん、俺は昨日5000人も殺したよ。勿論、エネルギー波は使わずに、素手で。
  中々やるな。だったら、アタシは素手で今日7000人を目指すよ。

そんな会話が日常で弾むほど、アタシは狂っていた。人間たちを虫ケラの様に殺していた。
そんなある日。アタシたちはある小さな村に来た。
その村に入った時、アタシは違和感を感じた。弟は何も感じていなかった様だが。
弟が飛び出した。 ……姉さん、グズグズしてると今日もボクが勝っちゃうよ、そう言って。
アタシも飛び出した。弟には、ここ最近連敗中だったからだ。スタートは好調だった。
あっという間に500人ほど殺し、昼近くには2000人も殺していた。殺戮は麻薬じみた快楽だった。

 「小さな町だな。もうほとんど殺しちゃったみたいだね」
弟がつまらなそうにそう言った。小さな町。 ……小さな町? どこかで聞き覚えがあるな。
まあどうでも良い。さあ、ゲームを続けよう。アタシはそう思い、ある教会に足を踏み入れた。
小さな町には不釣合いな、立派な聖堂を持つ教会。 ……アタシの心は大きく揺さぶられる。
 「お、獲物がいたよ姉さん。母子連れの3匹か。詰まんないな」
教会の救世主像へ祈りを捧げ、ブルブル震えている母と子。無理だよ、アタシたちが神だ。
弟が、母子に襲い掛かる。一度に3人殺す気だ。アタシは何故か動けない。母子に弟の拳が迫る。
その時母親が。まるで十字架に貼り付けられた救世主の様に、弟に立ち塞がった。躊躇いもせず。
弟の拳は、紙の様に易々と母親を貫く。背中まで突き抜けた拳。笑う弟。だがその母親は微笑む。
 「早く逃げて……。お前たちは、必ず、必ず母さんが守るから。愛してる、お前たち」

弟は母親から拳を抜いて、子供を追おうとする。だが母親は必死に、その拳を抜かせようとしない。
子供たちが泣いている。母さん、母さんと。母親はまだ微笑んでいる。子供を心配させまいと。
弟は明らかに動揺している。 ……虫ケラの如き中年婦人が、何で俺の力に屈しない? 
アタシは母親の顔を見る。笑っている。死ぬ間際に。そして子供たちの顔を見る。 ……まさか?
きょう……だい? 双子の……? その双子たちは、互いに互いを守りあう様に抱き合っている。
泣きながら。でも、まるで自分より大事なものを守る様に、力強くお互いを抱きしめあっている。
やがて母親は息絶える。アタシも、弟も、呆然とその場に立ち尽くす。そして、音楽が流れる。
教会のパイプオルガンの、正午を知らせる自動演奏。曲目は……、アヴェ・マリア。

その7年前の事件から、弟は更に狂い、殺戮を続け……、アタシは、人間を殺せなくなった。

告解の時間は終わりだ。それに、例え1ヶ月懺悔を続けても、アタシの罪は話し切れない。
感じるぞ、お前が近づいてくるのを。早く来い、狼よ。全ての決着を付けよう。
場所は分かっているだろう? アタシにとっては聖なる場所。地上で唯一、安らげる場所。
この聖地で、アタシとお前の喜劇の幕を下ろそう。もう、終幕は近い。
ラストシーンは決まっている。 ……そして、このゲームの行方の結末も。
お前に、告げなくてはならない事もある。お前にとっては悪夢かも知れないが。

 ……着いたようだな。もうすぐ、聖門をくぐり、ここへやって来るのだろう。不思議だな。
命のやり取りをするというのに……。胸が締め付けられる様に、熱く、狂おしい。
さあ。早く来い、アタシの元へ。 ……神喰らうフェンリル狼、最後のZ戦士、ヤムチャよ。
                         【第五部 アタシノナマエ】に続く。


 





【第五部 アタシノナマエ】




聖門の前に立つ。いる。この奥の、大聖堂に。門に手を掛ける。何故か気分が高揚して来る。
意を決して扉を開く。そして一歩一歩、中央の聖堂目指し、進んで行くヤムチャ。
トクン…トクン。鼓動が大きくなる。戦いの前の緊張感だろうか。いや。どこかそれとは違う。
肉体はもう限界に近い。左腕は引き千切られ、股間部はエグられている。
その直後、仙豆を食べ、取り敢えずの体力は回復した。だがその後も17号との激闘は続いた。
仙豆とはいえ、失った肉体の部位は戻らない。 ……この体で、17号と同等の奴に勝てるのか。
元々、人造人間との実力差は圧倒的である。17号の精神的脆さをついて勝てたに過ぎない。
駄目だろうな。狼は笑う。 ・・・実力差プラス、肉体的欠損。天地が覆っても勝てる要素は無い。
だが。何故だろう。今の狼の足取りは軽い。いや、本人は気付いていない。気付こうとしていない。
まるで恋人にでも会いに行くような、浮き足立った足取りに。

聖堂に足を踏み入れる狼。そこでハッと息を呑む。両手を合わせ、救世主像に祈りを捧げる少女の
余りの美しさに。ステンドガラスから零れ落ちる光が、キラキラと彼女を祝福している様。
 「遅かったな、狼。 ・・・だが駄目だな。こんなイイ女を訪ねるんだ。花束くらい用意しろ」
祈りを捧げる掌の形を解き、ゆっくりと振り返る女。18号。 ・・・人造人間との最後の決戦が始まる。

 「何に・・・。祈りを捧げていたんだ?」
ヤムチャはつい、戦いとは全く何も関係ない事を問う。それ程、18号の祈りは敬虔で、美しかった。
 「弟と・・・。もう一人の為にな」
 「知っていたのか。17号が死んだ事に……。だが、もう一人とは何だ?」
 「……。おしゃべりをしにここまで来たのか? そんな間柄ではないだろう、アタシ達は」
その言葉で、狼に殺気が黄泉返る。 ・・・そうだ。俺はこいつを殺しに来た。馴れ合う為じゃない。
 「良く弟を倒したな、神喰らう狼。褒美をやろう。このまま戦っても詰まらんからな・・・」
 「何…? 褒美だと、ふざけるなッ!! とっと決着を付けようぜ、18号」
 「……じゅうはち、号か。フフ。そうだな。18号だな、アタシは……」
 「何を言っている……? ここでは戦わないんだろ、外へ出るぞ」
 「慌てるな。その肉体で、アタシに勝てると思っているのか? 100%アタシの勝ちだ。
  だが……、17号を倒した褒美として、1%の可能性をやろう」
 「可能性、だと?ふざけやがって」
 「アタシを殺したいのだろう、復讐の狼よ。だったら・・・、お前はこの可能性に賭けるべきだ」

 「アタシとお前が普通に戦えば、100%お前は死ぬ。例えお前が、万全の状態でもな。だが」
 「勿体ぶらずに、さっさと話しやがれ。俺がその提案を受けるかどうかは別としてな」
 「受けるさ。お前は受けざるを得ない。これしか、アタシに勝てる可能性はゼロなのだから」
 「・・・・・・。いいだろう、お前を信用して受けてやる、その可能性とやら」
 「良い心掛けだ。なあに、簡単な話だ。一発勝負にするのさ、どちらかが生きるか死ぬかを・・・。
  アタシとお前が、全てのエネルギーを右手に集中して、お互い刺し合うのさ。そうだな。
  ちょうど、西部劇のガンマンの打ち合いみたいに、どちらが速いかで勝負が決まる」

罠か? 脳裏を疑惑が巡る。どう考えても、18号に不利な条件だ。いや、不利と言うよりも。
今のまま戦えば、18号の言う通り100%ヤムチャの負けである。それを何故・・・?
 「舐めるなよ狼。勝負は多少のリスクが無いと詰まらんからな。1%勝算を与えただけだ。
  だがそれでも、やはりアタシが勝つ。アタシの方が、ずっとスピードが上だからな・・・」
舐めやがって。一瞬頭に血が上るヤムチャ。だが、すぐ冷静になる。18号の瞳。目。
辛辣な言葉とは裏腹に、その目は蒼く澄み、深く、哀しく輝いている。何故だ・・・?
ヤムチャは深呼吸を一つする。覚悟は決まった。分かった。その目を信じてやる。
 「いいだろう。その一発勝負を受けてやる。 ・・・いい女のお誘いは断れんからな」
 
 「ここで・・・良いのか。お前の大切な場所なのだろう? 血で汚したくないのだろう」
 「良い。いや、ここがいい。しかし・・・。優しいな、お前は」
 「何言ってやがる。これから殺し合う相手に向かって」
お互い、ほんの少し微笑み合う。これから殺し合いを始めるにしては、奇異な風景。
18号が、静かに聖母像の方を向く。透き通る様な眼差しで。ヤムチャは戸惑う。 
・・・こんな目をする女が、本当に。殺戮の人造人間なのだろうか? 18号は言う。
 「もうすぐ、機械仕掛けのパイプオルガンが、音楽を奏で出す。それを合図としよう」
ピン、と空気が張り詰める。馴れ合いは終わった。後はこの一撃勝負に賭けるのみ。
ヤムチャは残り全ての気を、右手の手刀に集め始める。自分の全てを賭けて、ありったけの。
18号。ヤムチャの数倍の破壊力を持つであろう、凄まじいエネルギーが右手に集まり出す。
お互い手刀の形。持てるエネルギーを全て右手に集め、時を待つ。パイプオルガンが鳴り響くのを。
間合いは、約10メートル。間合いを詰めるのに、この2人なら0.01秒かからない距離だ。
つまり、この勝負は1000分の1秒のミスが、そのまま命取りの勝負になる。
汗が滲むヤムチャ。表情の変わらない18号。余裕であろうか。 ・・・焦る狼。早く、早く鳴れ。
そして。ついに運命の時がやってくる。

俺の手刀は本当に奴を貫けるのか? いや、それより奴より早く手刀を出せるのか?
いや、そもそも、この勝負は本当にフェアな一発勝負なのか?
次から次へと遅い来る不安と疑問。だが、次第に落ち着いてくる狼。どうせ勝てないのだ。
ならば、このまま全てを思い切り叩き込む。 ・・・そして俺が死んだ後は。頼んだぞ。
トランクス・・・。

その時。ついにパイプオルガンが聖堂内に鳴り響く。戦闘開始の合図。
だが18号は、オルガンの音と音と同時に前へ出る。 ・・・早い。俺の倍以上のスピード。
落ち着け。これはダッシュ競争じゃない。間合いを詰められたのなら、迎撃すれば良い。
しかし信じられない速度で、目の前に18号がいる。手刀はすでに、構えから攻撃の態勢。
一方ヤムチャ。完全に出遅れている。彼の手刀は、いまだ腰の位置である。だが18号。
まっすぐの軌道を描き、そのまま一直線に、ヤムチャののど元へ手刀が向かっている。
ちなみにここまでで、わずかに0.018秒ほどである。

駄目だな。やはり、俺がまともに戦って、人造人間に適う訳は無かった。
自嘲気味に笑う狼。のど元まで迫る手刀。一方ヤムチャの手刀は、いまだ遠い。
いい。どのみち、最初から勝てる相手では無かった。それでも1人を倒したんだ。
上出来だ・・・。後は、18号に貫かれた後。せめて俺の手刀で、ひっかき傷くらいは。

18号の手刀がのど元まで迫る。あとわずか3ミリ程度。 ・・・だが、その時。
フッと、18号が笑った。哀しみが溢れ出すかの様に。諦観(あきらめ)の笑み。
次の瞬間、18号の手刀から、全てのエネルギーが消える。ぷっつりと。
そしてヤムチャののど元まで、ほんの後1ミリの手刀が、急に止まる。そして静かに。
18号は、その右手を下に降ろす。何故だ・・・?
一方ヤムチャの手刀は止まらない。持てる全てを賭けて、打ち込んだ手刀が、ついに。
18号の腹部に到達する。 ・・・駄目だ、止まれ。狼の意思とは関係なく、突き進む手刀。
ここまで0.026秒。次の瞬間。ヤムチャの手刀は、ざくり、と18号の腹部を貫き通す。
最強の肉体と、最高の装甲を誇るはずの人造人間の肉体が、まるで濡れ紙を破る様に簡単に。


 「見事だ、お前・・の勝ちだ、神喰らう・・・おお・・・・かみ」
こふっ・・・。 18号が喀血する。だがその表情は優しく、穏やかで、幸福感に満ちている。
ブルブルと体が震えるヤムチャ。まさか。今、間違いなくこいつは、わざと・・・?
静かに、ゆっくりと崩れ落ちる18号。 ・・・その体を、しっかりと受け止めるヤムチャ。
  「ふふ・・・。やっぱり優しいな、お前は。敵を優しく抱き止めてくれるなんて、な」
穏やかに笑う18号。だが、腹の穴は大きく、深い。人造人間とはいえ、これはもう・・・。
 「いいな。お前の腕の中は。温ったかいよ。まるで、ママの温もりみたいだ・・・」
 「何故だ? 何故、何故・・・。何故、俺に勝ちを譲った? お前が勝ってたんだ、何故だ!!」
子供の様に興奮する狼。そこには、強かな人間界最強の戦士の面影は無い。18号は静かに微笑む。
 「本当に・・・。不器用な・・男だな。アタシの体型が変わった事に・・・。気付いて無かったのか」
ヤムチャは、18号の体をしばし見詰める。以前より、少し丸みを帯びている。まさか・・・そんな・・・。
 「殺せるわけ・・・、無いだろう。お腹の赤ちゃんの・・・。父親を」
 「な・・・、そんな、そんな・・・」

  何だ・・・。泣いているのか。バカだな・・・。アタシはお前の復讐の相手だぞ・・・。
  
  バカ野郎・・・。バカ野郎・・・。何で、何で・・・。
 
  福音が、聞こえたよ。腹に命が宿っていると知った時・・・。子供の時みたいに・・・。
  風が、木が、水が・・・。全てアタシに微笑んでくれている気がしてた。でも
  
  もういい、しゃべるな、体に、からだに障る
 
  でも・・・。アタシの手は、余りにも血で汚れ過ぎている。こんな手で、抱けないな。
  汚れない生命を・・・。アタシは泣いた。人造人間に成って初めて。哀しくてな
  
  俺の手だって血まみれだよ・・・。お前だけじゃない
  
  皮肉な事だ。今まで何人とも交わったが、宿した子供がアタシを殺しに来た男とは。
  だが・・・。お前で、良かった。 ・・・どうした。情けない顔だな、最強の戦士が・・・。
  涙でぐしゃぐしゃだぞ。せっかくの・・・男前が。

  ああ・・・。俺はヘタレ、だからな。ベジータや悟空みたいには・・・なれねえよ

  ヘタレ、か。ふふ。情けなくて、頼りげ無くて・・・。でもどこか温かい・・・。
  素敵な言葉だな。 ・・・いいよ。お前には、復讐なんて似合わない。
  その情け無い顔が一番似合ってるよ・・・。

  ふふ、そうか。こんな顔でよかったら、いつでも見せてやるよ。だから・・・。

  お前はお前で、お前のままで・・・。いてくれ。人に笑われてもいい。
  少なくとも・・・。ここに一人、お前を愛したバカな女がいるんだから。

  おい、しっかりしろよ、死ぬな。俺は・・・、まだお前の本当の名前だって、
  教えてもらってねえ・・・。

  名前、か。懐かしいな。名前で呼ばれていた頃は・・・。本当に幸せだったよ。
  力なんて無くても。いいよ、教えてやる・・・。だから、一つだけ、約束しろ・・・
 
  ああ、どんな約束でも守ってやる。だから、だから。

  ふふ、無理言うな・・・。もうアタシは駄目だよ。でも、約束してくれ。必ず・・・
  必ず、死なないと。どんな事があっても、最後まで生き抜くと・・・

  生、き、る・・・・・・?

  ああ・・・。最後の最後まで生きてくれ。どれほど辛くても、苦しくても。
  おめおめとでも良い。見苦しくても良い。最後まで、最後の時まで。
  お前が生きている限り、アタシも死なない。お前が、アタシの名前を覚えている限り。
  この世に生まれてこれなかった、腹の赤ちゃんの分まで・・・。

  分かったよ、約束する。最後まで生き延びる、どんな事をしても。だから頼む、死・・・

  あり・・・が・・とう。アタシ・・・の、アタシノ、ナマエ・・・は・・・。

パイプオルガンが静かに鳴り響いている。2人の別れを悼むかの様に。その曲目は・・・。
18号のママの思い出の曲、アヴェ・マリア。


目の前で教会が燃えている。煌々と。燦々と降り注ぐ太陽の光にも負けないほどに、眩しく。
先程、ヤムチャは教会に火を放った。「無」に帰すのが、彼女に一番相応しいと思ったからだ。
10年。 ……憎しみだけを燃え滾らすには、気の遠くなる様な時間。
だが、それが何を産んだのだろう。殺戮と哀しみだけだ。復讐は完遂した。だが、それが一体?
 (何になるんだ……。俺は、俺は一体今まで何を)
ボロボロと涙が零れる。目の前では赤々と燃える炎。 ……ただ呆然と立ち尽くすのみの狼。
肉体はもう立つのが限界に近いほど崩壊している。痛覚が無い為、立っていられるに過ぎない。

 「ククク……。見事な強さだな、神喰らう狼。まさか、あの2人を倒してしまうとは。
  礼を言うぞ。 ……これで私が、世界の帝王、いや神として君臨できる」
 「景気が良いな。犬ッコロから神様に格上げか。まあ、俺にはどうでもいい事だ。
  勝手になってくれ。王様にでも、神様でも。 ……俺はもう、眠いんだ」
後ろの老人の声に、クールに応えるヤムチャ。老人とは、あの男である。全ての「元凶」の男。
ドクターゲロ。 ……そのゲロが、クローンの部下100名以上を、引き連れて睨む。
孫 悟空、孫 悟飯。ベジータ、天津飯、クリリン、チャオズ。 …かつての盟友たちの顔。
それぞれが、ダースの単位でゲロを守る様に囲んでいる。既に臨戦態勢にあるクローン軍団。
 「勝手にやってくれだと……。そうはいかんなぁ。いつ牙を剥くか分からぬ狼を、
  野放しには出来まい……」

ヤムチャの顔は既に真っ青である。最早、肉体は臨界点近くまで来ているのだ。ヤムチャは言う。
 「勝手にやってくれと言ったろう。世界征服でも、神様ごっこでも。 ……俺はもう疲れた」
 「馬鹿を言うな。17号と18号を仕留める様な奴を、容易く殺すチャンスだ。逃さんわ」
 「18号だと……。あいつを、そんな呼び方するんじゃねえ。あいつの本当の名前は……」 
 「ククク…。フハハハハ。お前、あんな女に惚れていたのか、ええ? あの化け物に?」
 「俺を何言っても構わねえ……。だが、俺のオンナを、女房を……悪く言うんじゃねえ!!」
 「ああ? 俺のオンナ? クハハハ、確かになぁ。あのオンナの体は最高だよ。良かったろ?
  私の使い古しだがなあ、クヒャハハハハッ」
 「許さねえ……。いいだろう、トコトン決着付けてやるよ、犬ッコロの神様よぉおお!!」
ヤムチャの目の前が赤く見える。風景も、空気も、土も、緑も。全てが真っ赤に見える。
 「バ〜カめ。このクローン軍団、120人が見えんのか? 量産タイプで能力が劣るとはいえ、
  半死人を地獄に送る事なぞ訳は無いぞ……」
 「じごく、だと? 笑わせるな、俺は地獄など飽きるほど見てきた……。いいだろう。
  見せてやるよ、貴様らに本当の地獄を。貴様らの血と肉で、この場に地獄を造ってやるよッ」

 「うははは。全く笑わせてくれよるわ。良いだろう、私の戴冠式に相応しい余興だわ。
  いけ、クローン軍団よ、目の前のゴミを処刑せいッッ!!」
クローンベジータの1人がヤムチャに襲い掛かる。 …ヤムチャは棒立ちのまま動かない。
クローンの鉄拳が、ヤムチャの顔面に突き刺さる。ニヤリ、と笑うドクターゲロ。しかし。
 「これが本物のベジータのパンチなら、一撃で首を折ってくれただろうな」
ミシリ。ヤムチャのコブシが、クローンの鳩尾に突き刺さる。血を吐いて倒れるクローン。
クローン悟空が、空中で構えを取る。両手にエネルギーを集中した、気功波の構え。
ヤムチャは静かに右腕を構える。クローン悟空のエネルギー波が発射される。だがヤムチャ。
右腕をぶうん、と思い切り振り被る。 ……ドクターゲロが驚愕の表情を浮かべる。
 「そ、そんなバカな……。風圧で、風圧だけで、あのエネルギーの塊をかき消した……。
  ヤムチャは、Z戦士最弱では無かったのか……?」
 「本物の悟空のかめはめ波なら、俺は粉々になってたぜ……。顔が真っ青だぜ、犬神さまよ」
無表情で、ドクターゲロを嘲笑うかの如く挑発する、復讐の狼。ゲロが狂った様に叫ぶ。
 「いけ、全員で奴を殺せッ!! こっちは120人もいるんだ、数で押し殺せッ!!」
 「数で? フン、つくづく目出度いジジイだ……。いいだろう、何匹でも掛かって来い。
  証明してやるぜ、貴様らはただの人形って事をなあああッ!!」
                  【エピローグ 狼の眠る場所の下で】に続く。    

 

 


【幕間劇 ホープ・ペイン・プロミス】

俺の目の前に、殺戮の跡が広がっている。
他人がこの光景を見たら、付けるタイトルは「地獄」しかありえないだろう。
かつての同胞(はらから)と同じ顔をした人形どもが、累々と屍を晒している。
その中心に、ヒジから先とヒザから先の無い、神を目指した老醜の人犬が倒れている。
人犬は虚空を睨み、目を見開いたまま、その無駄に長い生涯を閉じたらしい。
その廻りを覆い被さる様に、遺伝子のみで人間を表現した、愚かな人形どもが倒れる。
まるで、愚かな王に最後まで忠誠を誓う、哀れな騎士の様に。
風が吹く。 ……俺たちを嘲笑っているかの如く。自然はいつも在るがままに。
だが俺たちは醜く生き、汚く欲望に沿い、無様に死んで行く。

俺はまた、生き残ったらしい。クローンども120人の軍団との戦いを。
最早、どうでもいい事だが。
しきりに喉が渇く。全身に寒気が走る。異常に眠い。
そうか。そろそろ、その時間か。 ……それもいい。
今までの10年が、走馬灯の様にぐるぐると思い浮かぶ。
だがその記憶の中に、安らぎは無い。あるのは憎しみと、ピエロの様な怒りだけ。


そうだ。取って置きのアレがあったな。 ……俺は懐から震える右手でブツを取り出す。
こんな時の為に、今まで我慢して来たんだ。存分に味わおう。
俺はブツに火を点す。ゆっくりと顔に持って来て、静かに口にする。 ……美味い。
やっぱりな。思った通り、最高だ。 ……タバコは、死に際の一服が一番美味い。
煙が揺らめく。その煙の向こうに、アイツの面影を思う。さっきの温もりを思い出して。
不意に、タバコの包み紙が目に入る。 ……俺はその銘柄を見て、自嘲気味に微笑む。
微笑みはやがて哄笑となり、いつしか狂笑となる。俺は笑う。笑い続ける。
げらげらと。 ……10年分の笑いを取り返す様に。
鼻腔から口腔から、血が溢れ出す。俺の肉体は、もう笑いにすら耐えられないらしい。
だがそれでも構わず、俺は笑う。笑い続ける。
皮肉な話だ。いや、喜劇の幕切れに相応しい。この俺が、一番好きなタバコの銘柄。
 ・・HOPE。希望、という名のタバコ。この世で最も、俺に相応しくない言葉。

思う存分笑った後、虚しさが訪れる。結局、俺の復讐は何だったのか。
もういい。美味いタバコも吸ったし、最後に楽しく笑った。悔いは無い。
クローンの死体に背中を預け、ゆっくり横になる。右手で、自分のまぶたを静かに閉じる。
まったく最低だぜ、と呟きながら。

堕ちて行く。闇の、底の底に。どこまでも。 ……次第に、物思うのも面倒になってゆく。
真っ暗闇の中で、ポツンと一人。だがそれも今の内だけだ。すぐに忙しくなる。
地獄での、お勤めが待っているだろうからな。寝よう。何も考えず。
              ……も・う・つ・か・れ・た………

…………………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………、ズキン。
何だ? 邪魔するな。良い気持ちで寝てたんだ。まだ地獄には早いだろう。この痛みは何だよ。
痛み? ????? 何故だ? 俺はドラゴンボールで、痛みを感じない肉体になった筈だ。
暗闇の中、俺はその痛みを感じ続ける。まるでその痛みが、俺の眠るのを許さないかの様に。
俺は痛みの元を探す。どこだ? 痛みを感じない筈の俺の肉体の、どこから痛みを感じる?
答えはすぐに分かった。それは……。左腕。17号に斬られて無くした筈の、左腕からだった。

何故だ? 俺は頭を捻る。 ……そうだ。聞いた事がある。幻痛。ファントム・ペインって奴だ。
ある肉体部位を無くした時。その部位の記憶を、脳が忘れない事がある。そして脳は稀に情報を出す。
その肉体部位があった時の様に、無くした部位の痛みや痒みなどの感覚を。それがファントム・ペイン。
不思議なものだ。あらゆる痛みを無くした筈の俺が、失った左腕の痛みを感じている。 ……その時。

暗闇の中で、気配を感じる。女だ。金髪のショートカット、整った顔立ち、強い眼光。とびきりの女だ。
その女を、俺は知っている。 ……かつてこの世で最も憎み、そして今は狂おしいほど愛しい女。
来てくれたのか。ありがとう。地獄も、お前とならば少しは楽しめそうだ。
だが女は何も言わない。微笑まない。近くに来てくれようともしない。 ……ただ、俺を睨んでいる。
愛しい女の目は、ただただ無言で俺を責める。だが俺は、女の真意がありありと分かった。
                 
    お前は、やはりその程度の男だったか。結局破るんだな、アタシとの約束を……。

そうだな。お前が正しいよ。 ……俺の罪は、死に逃げ込めるほど軽くは無い。
ありがとう。もう少しだけ、待っていてくれ。いつか、胸を張って逢いにいくから。
その時はちゃんと……。花束を持って。

俺は待つ。肉体の黄昏と必死で闘いながら、待つ。俺の最後のやり残しを。憎しみを断つ為に、待つ。
そして…………………………………………………………………………………………………………。
来たか、やっと。トランクス。          【エピローグ 狼の眠る場所の下で】に続く。



【エピローグ 狼の眠る場所の下で】 

 

太陽はまだ、天から限りない恵みを大地に与えている。燦燦と。 ……晴れ渡った爽やかな午後。
人間の愚かさを笑う様に、そして嘆く様に、自然は優しくその2人を包んでいる。
ヤムチャはゆっくりと目を開ける。目の前に少年が立っている。全身を金色のオーラに包んだ少年。
その愛らしい姿に似つかぬ、憎しみの眼光を傷ついた狼へとギラつかせている。
 「遅かったな、トランクス……。もう少しでバスに乗っちまう所だったぜ」 
 「ありがとう先生……。生きていてくれて。止どめは、ボクが刺したかったですからね」
先生、という言葉に限りない憎悪の皮肉を込めて、トランクスは笑う。既にスーパーサイヤ人である。
 「色々なものを奪いましたね、ボクから。遊ぶ時間、笑顔、生きる理由。 …そして、お母さん」
最後の力を振り絞り、力強く立ち上がるヤムチャ。少し、トランクスが怯むほど、雄々しく。
 「すまなかったな、トランクス……。俺が間違って…、グボォッ!!」
ヤムチャの言葉を遮り、腹に鉄拳を突き刺すトランクス。血を吐く狼。だが、それでも狼は倒れない。
 「今さら謝って何になる……。お前さえ! お前さえいなければ!! 母さんもボクも!!!」
狂った様にコブシを振り回すトランクス。その狂拳は、狼の最後の命火をかき消そうと荒れ狂う。
だがヤムチャはその拳を避けようとしない。顔への拳も、鳩尾への蹴りも、一切避けようとしない。

……俺の肉体はもうとっくに滅している。今、生きているのが奇跡だろう。だが、まだ死ねない。
  意識をしっかり持て。ここで、全てを断ち切るんだ。憎しみの全てを。哀しみの連鎖を。………

歯を食い縛り、血を流しながら、かつての師が目の前に立っている。少し前まで、世界一尊敬していた男。
トランクスは必死で攻撃を振るう。この男を殺すために。 ……だがそれでも、師匠は倒れない。

 何故? ボクは金ぴかの戦士になってから、ずっとずっと強くなった。先生よりも、ずっと。でも何故?
 なんで先生は倒れないの? それに何故、ボクを攻撃しないの? そんな哀しい目でボクを見るの?

いつの間にかトランクスは泣いている。そして叩き続ける、目の前の師を。わんわんと大声で泣きながら。
ヤムチャの肉体は限界をとっくに超え、既に死んでいる状態である。だが、彼は意識を必死で繋ぎ止めている。
自分の過ちの贖罪と、この未来への希望そのものの少年を救う為に。死んだ体に鞭打ち、大きく腕を広げる。
そして優しく、だが持てる力の全てを込めて、眼下のトランクスに覆いかぶさる様に抱きしめる。
 「殺されてやる。喜んで殺されてやる、お前になら。だからもう忘れろ、そんな憎しみなんて……」
 「何言ってるんだよ!! 忘れる訳ないよ、お母さんはもう戻らないッ!!」
 「ドラゴンボールだ、ドラゴンボールを探せ……。母さんに聞いた事があるだろう、それで母さんは」
 「黙れッ!! お母さんにあんな事して、ボクから笑顔奪って……。殺してやる、殺してやるッ!!」
 「いい。お前なら殺されてもいい。だが俺を殺し、母さんを生き返らせたら、忘れろ、俺の事なんて。
  お前は俺みたいに、絶対になるんじゃねえ。そう、俺みたいに……」

トランクスの姿は、既にスーパーサイヤ人でない。いつもの状態に戻っている。泣き虫のトランクスに。
トランクスは泣いている。泣きながらヤムチャの胸を叩いている。その腕に、もう力は篭っていない。
ヤムチャも泣いている。トランクスに覆い被さりながら、トランクスの顔へボトボト涙を零している。
その姿には、憎しみはもう感じない。 ……父と子が、再会を喜び合い、泣いている様にも見える。
 「俺みたいにはなるな、トランクス。望みを果たした後、絶望と後悔しか残らなかった男のようには」
 「うわああああ、うわああああああッ!!」
 「お前には未来がある。必ず、思い切り大きく笑える世界が待っている。だから、終わりにしてくれ。
  憎しみと復讐に染まった人生は、俺だけで充分だ。俺を殺して忘れろ。 ……頼むよ、トランクス」
抱き締めるヤムチャの腕から逃げる様にして、後ろへ下がるトランクス。目に涙を一杯浮かべながら。
そして、ヤムチャをしばらく見つめた後。 ……まるで逃げる様に、飛び去って行くトランクス。
結局、ヤムチャへの止めは刺さずに。ヤムチャはその方角をしばらく見つめていた後、静かに崩れ落ちる。
 (これでいい。俺の出来る事は全てやった。これなら、アイツも微笑って迎えてくれるかな)
体の奥の奥で、ぷちん、と何かが切れる音がする。何かが決定的に、ヤムチャの中で終わりを告げた。


朦朧とした意識で、ヤムチャは目の前にあるモノに気付く。ヤムチャはそれを見てニコッと笑う。
 (バラの花束とはいかなかったが……。喜んでくれるかな、アイツ)
ヤムチャは必死で腕を動かす。震える手はその意思通りに動かない。だが、ようやくその手でそれを掴む。
それは。ヤムチャとクローンたちの血で真っ赤に染まった。 ……四つ葉の、クローバー。
四つ葉のクローバーを握り締めたと同時。ヤムチャの意識は急速に閉じてゆく。全ての世界は闇に染まる。
堕ちて行く。どこまでも。底なしの闇の、遥か深部へ。そのうちに、ヤムチャは物思うのも面倒になり、
……考えるのを止めた。


                   ………………ソウカ。


      ……四ツ葉ノくろーばーハ、オ気ニ、召サナイカ。



  ………マダ、来ルナト、言ウノカ。



                          ……ワカッタヨ。

俺ハ……

                       生・キ・ル。




人造人間の死の報が、一般に広まったのはそれから一週間ほどしてからの事だった。
人々は最初は信じなかった。簡単に信じられるほど、彼らのこれまでの生活は、生易しくはなかったのだ。
だが少しずつ、その情報がどうやら本当らしいと分かり始めると、人々は歓喜に歌い、踊り、喜びあった。
だが一体誰が無敵の人造人間を? 一時期はその話題も盛り上がったが、ほどなく誰も話題にしなくなった。
また、生活が始まるからである。今度こそ、平和と安寧に満ちた明るい未来を。過去より未来の話題をしよう。
人々はそう思ったからである。 ……狼たちの眠る場所の下から、幸福な未来が始まったとも知らずに。

追記。
人造人間17号と18号が滅してから半年後、とある場所に、「セル」という怪物が現れ、人々を襲い始める。
セルの恐怖に人々は怯え、泣き喚く。 ……やはり、自分たちに平和な未来などありえかった、と。
だが。何処とも無く現れた謎の戦士が、このセルという怪物を討ち果たし、地上には再び、平和が訪れる。
その謎の戦士は、金色に光り輝く少年だったとも、片腕を失くした狼の様な男だったとも噂されるが、
結局どんな人間か分からぬまま………、人々の記憶から消えていった。

                                       【復讐の狼・完】

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