機械仕掛けの人魚姫 エピローグ・風のそよぐ場所
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「に、似合うかな、わ、わたしなんかにこんな衣装が」
少しの照れ臭さと、至上の幸福感を感じながらわたしは真っ赤に顔を染めている。
わたしが纏っている衣装。一生に一度、その大切な時にしか着られないその純白。
子供の頃、ほんの少し憧れた事はある。いや、女なら誰だって憧れるはずの衣装。
だけどある時を境に、わたしの中でその憧れを消した。
いや、片隅に追いやったという方が正しいだろう。半人半機の怪物に改造された時だ。
こんな日が来るとは、思いもしなかった。女として、人としての幸福は諦めていた。
わたしを受け止めてくれる人がいる、なんて。 ……思いもしなかったから。
わたしの前で、わたしを優しく受け止めてくれた人が口をポカンと開けている。
「な、なんだよ。なんか言え、クリリン」
クリリンは小さな、だけど鍛えられた体を、真っ白いタキシードで包んでいる。
わたしの衣装と同じ色だ。わたしの目が羞恥に虚空を泳ぐ。ようやく彼は言った。
「い、いや、あの、その、あんまりさ、お前の、ウェディングドレス姿がさ、
…綺麗過ぎてさ、その、つい、見惚れちゃって」
照れながら頭を掻くクリリン。わたしは彼から視線を逸らして、顔を更に赤くする。
「な、何を言ってるんだ。もう、3ヶ月も一緒に暮らしてるっていうのに。
わ、わたしの事なんか、もうとっくに見飽きてるだろ」
照れ隠しに毒づくわたしを、穏やかに微笑んで見守るクリリン。それはいつもの事だ。
今日のような特別な日でなくても、その光景はもう日常になっている。
かなわないな。わたしは決して、この人にはかなわない。
セルとの戦いが終わってから、わたしとクリリンは一緒に暮らし始めた。
でもわたしは最初の頃、黙って彼の元から去ろうとした事がある。
生き長らえたとはいえ、ガラクタ同然となった体では、彼の負担になると思ったからだ。
ブルマは言った。全力を尽くすけど、わたしの科学力でも治るかどうか分からない、と。
カプセルコーポレーションでそれから1ヶ月、出来うる限りの治療を受けた。
でも、体は鉛のように重いまま。怪物のようだった力が、子供にすら劣ってしまっていた。
とある夜。わたしは治療中のカプセルコーポレーションから姿を消そうとした。
わたしに与えられた部屋で、クリリンが座ったままベッドの端を枕にして、眠っている。
この一ヶ月間、彼はわたしに付きっ切りでずっと看病してくれていたのだ。
わたしは彼を起こさないよう静かにベッドを脱げ出した。鉛の体を引きずって。
寝息を立てているクリリンの頬にキスをした。起こさないように、軽く触れるように。
ごめんな、と声に出さずに言った。しばらく顔を見続けていると、決心が揺らぎ始めた。
それを振り切るように、立った。そして彼に背を向け、ドアに向けて歩き始めた。
もう、わたしは彼を振り返らないつもりだった。
だってもう一度振り返れば、2度と決心が出来なくなるから。ドアノブに手を掛けた。
「何処へ行くんだ? お前は、俺の女房だぞ」
後ろから優しく声が掛かった。怒っているふうでもない。ただ、包み込むように。
「だって、わたしはもう、お前に、迷惑を掛ける、だけで」
「いいから。オレはお前がそばにいてくれるだけで、 …いい、から」
わたしは振り返った。わたしの大好きな、陽だまりのような笑顔がそこにあった。
その時以来、わたしの体はブルマが驚くほど奇跡的に回復していった。
やがてカプセルコーポレーションを離れ(退院といっていいか)、ごく自然に
わたしとクリリンは暮らし始めた。彼の恩師、亀仙人の家内に居を構えて。
彼は限りなく優しかった。
わたしはわがままを言ったり、時に癇癪を起こしたりして彼を困らせたりもしたけれど、
結局は彼に甘えているだけに過ぎなかった。その甘え方が、人より下手なだけだった。
彼はそんないびつなわたしを、陽だまりのような微笑でいつも包んでくれていった。
そして、今日。
純白のウェディングドレスに、わたしは身を包んでいる。彼の目の前で。
さっきまでの騒がしかった会話が嘘のように、2人の間を静寂が包んでいる。
お互いが何か言おうとするのだが、声が出ないのだ。もじもじとした時間が過ぎる。
わたしが何か話そうとした、その時。ドアの向こうから、とん、とんとノック音がした。
次に元気だが、礼儀正しい少年の声が聞こえてきた。孫 悟飯の声だった。
「クリリンさん、18号さん。そろそろ時間ですよ、急いで下さい」
わたしとクリリンの視線が重なった。そしてクリリンは、ゆっくりと手を差し伸べた。
「行こう、みんなが待ってる」
わたしは、クリリンの手に自分の手を重ねて、わたしらしくない返事をして微笑んだ。
「………はい」
悟飯やブルマ、ヤムチャや天津飯、ピッコロやデンデたちが祝福に来てくれていた。
なんとべジータまでいた。どうやら、ブルマに無理やり引っ張って来られたらしい。
バージンロードを歩き、神父の役を買って出た亀仙人の前で誓いのキスをした。
仲間たちに冷やかされるクリリンの横で、わたしは顔を赤らめたままそっぽを向いていた。
フフ。 …こんなに幸せでも、素直に表現することはまだ出来ないらしい、な。

(イメージイラスト/うみにん様より)
そしてわたしたちが一緒に暮らし始めてから、ちょうど半年が過ぎた。
クリリンと暮らしたこの半年は、どこを切り取っても幸せな記憶に満ちていた。
例えば、生命が息吹く雪解けの春のある日。
わたしたちは、道端に顔を出し始める植物を眺め、手を握りあってどこまでも歩いた。
例えば、灼熱の太陽が輝く夏のある日。
わたしたちは、海辺ではしゃぎながら、子供のように水を掛け合っていつまでも遊んだ。
そして、今の季節は秋。幸せはこのままずっと続いてくれると思っていた。
だが、異変は突然現れた。機械仕掛けの体のわたしが、猛烈な吐き気に襲われたのだ。
わたしはこの幸福が壊れる恐怖に怯えながら、ブルマの元を訪ねた。
カプセルコーポレーションの研究室で、ブルマはわたしのレントゲン写真を見て唸った。
「変ねえ。どこにも異常は見られないけど。18号、あんたは健康体のはずよ」
そのブルマの言葉に一瞬ほっとする。けど、相変わらず胸のムカつきは込み上げてくる。
「あんたの腕を疑う訳じゃないが、以前の治療でどこかミスをしたんじゃ…」
「あのねえ、あたしは天才よ。そりゃ最初はあんたの構造のあまりの複雑さに
根を上げそうになったけどさ、今はもう、 ……あ」
ブルマの言葉が止まる。わたしの心臓も止まりそうになる。やはり何か、重大なミスが?
そう思ったのも束の間、ブルマは弾けたように笑い出す。わたしの肩をバンバンと叩いた。
「アハハハハハ、そうかそうか、なるほどね〜。お・め・で・と・うッ」
小さな家の小さな部屋で、わたしは一生懸命に拙い編み物をしている。
真っ赤なベビーショーツ。今まで壊すだけだった手を、懸命に作る為に動かしている。
「たっだいま〜。あれ、お前また編み物やってるのか」
クリリンが汗だくになって帰ってきた。現場仕事がひとつ終わったのだ。
彼は今、たくさんの仕事を掛け持ちでこなしている。わたしは心配げに言った。
「大丈夫か、クリリン。眠る時間くらい取らないと」
「大丈夫だって。家族ももうすぐ3人に増えるから、少しでも稼がないとな。
それにオレ、今すっげえ幸せだからさ。 ……なッ」
悪戯っぽい顔で、クリリンはわたしにウインクする。わたしは顔を赤くして呟いた。
「………バカ」
クリリンは微笑みながら、わたしの編んだベビーショーツに目をやって言った。
「相変わらずへっただな〜。毛玉だらけだぞ」
「う、うるさいッ! 着心地は、きっといい…はずだッ」
むくれるわたしをなだめるクリリン。それはいつものやり取りだ。彼は疑問気に言った。
「なあ、なんで女の子用の服なんだ? 生まれてくるのは男かも知れないし」
わたしは目を閉じて微笑んだ。その質問を待っていたのかも知れない。静かに言った。
「女の子さ。生まれてくるのは。天使みたいな、いい子だよ」
彼はほんの少し黙っていたが、やがてにっこりと笑って、語り始めた。
「実はさ。昨晩、夢を見たんだ。夢の中に天使みたいな女の子が出てきてさ。
お世話になるね、パパって挨拶したんだ。その子見て、名前ももう決めたよ」
「…そうか。実はわたしも、名前は決めてるんだ。せーの、で一緒に言おうか?」
「ああ。せーの、だな」
せぇーのッ、マ……
その瞬間、薫風がわたしたちをゆっくりと包んでいく。
穏やかな風のそよぐこの場所で、わたしとクリリンの言葉は重なった。 …その名前、が。
わたしは心地よい風にしばらく身を任せながら、やがてくる3人での生活に思いを馳せる。
優しくそよぐ薫風が、まるで未来を祝福してくれるかのように、また吹いた。
(機械仕掛けの人魚姫 了)
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